表通りではないから見えるもの〜伊豆大島・裏砂漠の景色

自然体で生きる

先週末、伊豆大島で2テント泊の旅をしてきた。伊豆大島は房総半島と伊豆半島に挟まれた相模湾沖にある島で、東京港から高速ジェット船に乗って1時間45分ほどでいける。暖流の黒潮の影響を受けた温暖な気候が特徴の島だ。

伊豆大島は現在でも活動を続ける火山島だ。その中心部に位置するのが三原山だ。この標高758メートルの山に登った。

三原山への登山は西側からのルートが一般的だ。島は西側にある元町が中心部になっていて、役場や旅館などが集中している。登山道入口まで車で行ける道路も整備されていて、路線バスも通る。一方で島の東側は平地が少なく、山から海まで斜面が続いているために、旅館もなければ商店もない。おそらく登山者の9割以上は西から登るだろう。

しかし私は、東側のルートから登りたいと思った。それは「裏砂漠」という日本で唯一「砂漠」という地名がついている地理的な景観を見たかったからだ。どこでも眠れるようにキャンプ道具一式をザックに詰め込んだバックパックを背負い、午後遅い船便で島の北側にある岡田港につき、東ルートを通るバスに飛び乗った。そのバスに乗ったのは私一人だった。

森の茂みにテントを張り、一晩を明かした。東の水平線が明るみ始めた午前5時すぎに目覚め、無人の登山道に立ち入った。

亜熱帯のマングローブを思わせる背の低くうねる木々に挟まれた道を30分ほど進んでひらけた場に出ると、壮大なが景観が飛び込んできた。

黄金色のススキの向こうに黒々とした砂漠地帯が広がる

朝陽に照らされて輝くススキの黄金色の向こうに、黒々とした山が見えた。その黒々とした地表の正体は、三原山から噴出された火山礫だ。数ミリから数センチほどの黒い小石が三原山の東側斜面一体を覆い尽くしていた。

地表は数ミリから数センチほどの火山礫で覆われている

私は小学校5年生のときに山に出会い、これまで多くの山に登りその景色を見てきたが、これまでのいかなる山とも違って見えた。水平線から朝陽が昇り、人工物の一切ない荒涼茫漠とした景色を照らし出す。火山礫の上をザクザクと鳴らしながら歩いていると、なんだか原始の地球を訪ねているような気分にすらなってきた。

遮るもののない荒涼茫漠とした風景が広がっていた
原始の地球を訪れたような感覚になった

砂漠地帯を歩きながら、この原始的で言葉を失うほど壮大な景色はこのルートを通らなければ絶対に見られなかっただろうと思った。 大多数の人が歩くメジャーな西側のルートは登山道がきちんと整備され、トイレもあれば展望スペースもある。人による管理が行き届いているがゆえに、ありのままの自然の迫力は失われている。

整備された道は安心だけれども、その道で見えるのは多くの人がみた景色だ。自分自身が工夫して見ようとしたからこそ見える景色とは違う。あえて表通りを行かない勇気が、それまで見たことのない風景に出会わせてくれるのではないか。

この話を描きながら、精神科医で泉谷閑示さんの話を思い出した。日本社会で、良い学校、良い企業、結婚、昇進・・・・といったいわゆる「大通りルート」を生きる人が、精神面を患うのはどうしてかについて述べた一節だ。

マジョリティの大通りは、不自然で窮屈な道です。人間はそれぞれユニークな存在なのですから、本来一万人いたら一万通りの道なき道があるはずです。にもかかわらず、大勢の人の通る大通りというものがあること自体、とても不自然なことです。
 大通りを歩くということは、いろんなことを諦めたり、 感じないように麻痺していたり、すなわち去勢された状態で歩いているということです。

(普通がいいという病)

大通りコースは表面的には安心安全に見えるのだろうが、次第に生気が失われていく道でもあるのではないか。私は仕事で大企業の人や公務員の人と話をする機会を多くいただいてきたが、世の中でリッパと呼ばれる人の話がほんとうに響くことはまれだ。話を聞いていてこの人は自分の人生を生きているのだなと感じるのは、たいてい大通りを自分の意志でドロップアウトした人だ。

世の中の大多数の人が歩かない道だからこそ、見える景色があるのだと思う。私もそんな景色がみられる生き方を選んでいきたいと思う。大通りをあえて外れ、自分自身の道を歩いている人と出会っていきたいと思う。

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