愛するふたりの幻想的な調べ~「調律師」(熊谷達也)

調律師という仕事を初めて知った。ピアノの音調を整えることを専門にする専門職だ。

この小説では調律師・鳴瀬玲司を主人公に、音楽と人をめぐる物語が紡がれている。鳴瀬は、若くして亡くした妻・絵梨子への自責の思いを心に秘め続けている。匂いで音を嗅ぎ分けるという特殊な力と、絵梨子との関わりの謎がクライマックスに向けて明かされていく。

音に色や匂いを感じる共感覚という特殊な知覚があるのだという。ドは赤、レは黄色などとして感じるそうだ。ドレミファソラシの七つの音と虹の七色が、ほぼその順番で対応するという研究もあるそう。それがどういうメカニズムになっているかはまだよく分かっていないそうだ。人間の感覚というのは、いまだ謎にみちているということをおもしろく思う。

熊谷さんの小説は「邂逅の森」「鮪立の海」に続いて読んだ。いずれも、言葉が丁寧に使われていることを感じる。この作品でも、共感覚についてかなりご自身で調べた上で作品化しているように感じた。自分が知らなかった世界を連れて行ってくれる案内役のようだ。

この小説のフィナーレは、亡き絵里子が鳴瀬の前にふたたび現れる場面。それは夢か幻想なのか。鳴瀬が想いを込めて最後に伝えた一言とは。ショパンの別れの曲が紙面越しに聞こえてくるような、幻想的な場面が美しく描かれている。

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