日本一周バンライフ177日の旅(1)〜新聞記者を辞めて軽トラに乗り込んだ

バンライフルポ

キャピングカーで旅をしながら仕事もする「バンライフ」で日本を一周する旅を終えました。6月末から12月下旬の6ヶ月間で、地元・九州の一部と山口を除く40都道府県をめぐりました。走行距離は1万1千キロ、177日間にわたる人生最長の旅でした。

「仕事をしながら本当に旅ができるの」「大都会から抜けて地方で暮らしたい」「最近聞く『バンライフ』って気になっているけど実際はどんな感じ」「日本一周いつかやってみたいけど、どんなところ巡るといいかな」と考えていらっしゃる方もいると思います。旅をしながら仕事をする生活に興味がある方向けて、実際に仕事をしながら旅をした元新聞記者が生のレポートを5回連載で書きつづっていきたいと思います。

ワンルームを荷台に

私は今年3月まで12年間、東京に拠点を置く新聞社で働き、4月に独立しました。独立と同時に買ったのがキャンピングカーです。キャンピングカーといっても、エアコンや冷蔵庫などの設備が整った大型車ではなく、軽トラの荷台にコンテナのようなワンルームを載せただけのものです。

木目調の内装に畳1.5畳分くらいの生活スペースがあり、高さは175センチ。私の身長でピッタリ立てるくらいです。ベッドにもなる椅子に座って机で作業できるシンプルな作りになっています。椅子の下と、運転席側に突き出た奥のスペースが収納になっています。照明や換気扇などの電源設備は走行充電式のバッテリーで使えます。乗っていただいた方からは「意外と広いんですね」とか「本当に部屋なんですね」といった感想をいただきます。一言でいえば移動式ワンルームといった感じでしょうか。

荷台に移動式のワンルームを載せています

「食事はどうしているんですか」とよく聞かれます。食事は朝昼晩、できるだけ自炊をしていました。どこにでも売っているカセットコンロを使えば、調理は不自由なくできます。朝はうどんをゆがき、昼はパスタを作り、夜は米を炊きました。現地の名物料理があればそれを食べにいきますが、現地で仕入れた魚や野菜などの食材を自炊の料理に使うことも旅の楽しみにしていました。

「お風呂はどうしているんですか」ともよく聞かれます、日帰り温泉や銭湯を使います。日本は温泉天国です。温泉や入浴施設に困ったことはほとんどありませんでした。各地の有名無名の温泉をめぐることは旅の大きな楽しみでした。毎日入っていたわけではなく、2日に1回、気温が寒くなってきてからは汗もかかないので3日に1回くらいの頻度でした。

どこでもホテル

キャンピングカーの旅がすばらしいのは、寝床に困らないことです。車を泊めた場所が、そのままホテルになります。チェックイン・アウトの時間が決まっているホテル暮らしとは異なり、24時間利用可能な移動式ホテルです。

キャンピングカーの宿泊場所として広く利用されているのが道の駅です。日本は「道の駅天国」といってもいいほど、全国各地に車中泊が可能な道の駅があります。所管する国土交通省によれば、今年6月時点で1193駅が登録されているそうです。道の駅以外にも車中泊スポットは整備されつつあります。飲食店が夜間に駐車場を貸し出したり、広い駐車スペースのあるホテルが場所の一部を提供したりしています。トイレさえあれば困りませんので、海や川、森の公園も利用することができます。もちろん車中泊をするにあたっていろいろな配慮は必要になりますが、移動しながら生活ができるインフラは日本中に整っていると旅をしながら感じました。

しかし例外的に、大都市の中心には道の駅はありません。都市部では民泊を利用していました。Airbnbなどのサービスを使い、駐車場付きのお部屋を利用します。宿によって価格に開きはありますが東京都心でも一泊3000円台で利用でき、長旅にメリハリをつける上で役立つサービスだと感じました。

扉の先はどこでもドア(新潟県の海沿い)

扉の先は「どこでもドア」

「どこでもホテル」ということ以上にキャンピングカーの旅がすばらしいのは、毎日みたことのない景色に出会えることでしょう。大海原のそばや見晴らしのいい森に車を停め、扉を開ければ未知の風景が飛び込んできます。扉の先は「どこでもドア」。私たちが暮らす日本は四方を海に囲まれ、3000メートル級の山があり高原もあり、急流もあれば壮大な川もある世界的にも多様な地形に恵まれた大地です。四季という美しさの引き立て役も加わり、全国各地に見惚れるほどの景色が広がっています。

朝起きて寝ぼけまなこで扉を開くと、海から朝陽が昇ってくる場面に出会えるのは、キャンピングカー生活ならではのぜいたくだと感じます。

どこでも移動式オフィス

キャンピングカーで日本を一周する方は、時々見かけます。私の旅が通常の「日本一周」と大きく異なるところがあるとすれば、それは「仕事をしながら」という点だったと思います。このキャピングカーは移動式オフィスでもありました。

私は今年3月、12年の新聞記者勤めを終えてコーチング業で独立をしました。オンラインでコーチングサービスを提供しています。zoomでクライアントの方とつなぎ、1回1時間ほどのセッションをお届けしています。記者経験を生かした執筆業もしています。いずれも、インターネットがつながればパソコン一台でいつでもどこでもできる仕事です。

インターネット回線はスマホのテザリングでまったく問題ありませんでした。zoomなどのweb会議では一般的に、10Mbps以上の通信速度が必要とされます。急峻な山間は電波は届きにくかったですが、北海道の知床でも礼文島でも、渥美半島の神島でも、奥能登でも高野山でも十分にその速度は確保できました。

半年間で、約80時間のコーチングセッションをしました。コーチングはコーチ養成機関のCTI(Co-Active Training Institute)というスクールでプロのトレーニングを受けながら、実践しています。仕事も学びも「場所を問わない」ことを実感する日々でした。

移動式オフィス内でひとたびパソコンに向かえば、東京の大手町や霞ヶ関で働いている時と環境はまったく変わりません。息抜きに扉を開くと大海原が飛び込んできます。仕事の進み具合は、東京のオフィスより気分のメリハリをつけれるこの移動式オフィスの方がよかったと思います。

東京からポルトガルの距離を軽トラで

九州の一部と山口をのぞく40都道府県を巡りました。地元の北九州を出発し両親の暮らす大分を通り、大分の別府からフェリーで関西に入りました。関西から北陸に入り、新潟港からフェリーで北海道の小樽に渡ります。北海道を50日巡り、9月下旬に東北に入り、関東、東海、中部、近畿、中国、四国を巡っていきました。

半年間の走行距離は1万1千キロ。東京からポルトガルへ向かう距離にあたります。地球ほぼ半周する道のりを、この軽トラはワンルームを載せて悠々と走りきってしまいました。日本の軽トラの性能の高さに恐れ入る思いです。

新聞記者最後の署名記事が「バンライフ」

この旅のきっかけは、東京での暮らしでした。大学入学以来17年間、生活の中心は東京でした。いろいろな刺激を受けながら20代を過ごしてきましたが、30歳を超えると、都会での暮らしに段々と閉塞感のようなものを感じるようになりました。私は高校卒業まで自然を感じられる北九州の地方都市で育ちました。だんだんと「自然を感じる暮らしがしたい」という思いが募るようになりました。

旅の最初のイメージが湧いたのは、新聞記者として環境省の記者クラブの担当をしていた時です。自然豊かな国立公園を所管している環境省は、各地の国立公園を自然を保全するだけでなく利用も進めていく施策に力を入れていました。「国立公園でワーケーションを」という発想で、Wi-Fiなどの通信環境を整備している状況について、担当者から話を聞きました。民間企業も国立公園にリモート拠点を作る動きを取材する中で「場所を問わない生き方が、当たり前になる」という思いをもつようになりました。

記者時代に最後に書いた署名記事が「バンライフ」だった

環境省記者クラブ担当3年目の2020年の秋、あるデスクから電話があり「あべくんってキャンプ好きだったよね」と持ちかけられました。どんな仕事の話なんだろうと思って聞いてみると「新型コロナで三密が防げる車中泊生活が注目されているみたいだから、取材してみない」言われました。直感的に、おもしろそうだなと感じました。環境省に限らず、霞ヶ関の記者クラブ担当は硬派の政策の取材がほとんどで、柔らかい軟派を取材する機会はほとんどありません。二つ返事で「やってみます」と言い、取材を始めました。

週末を返上して川崎のキャンピングカーの展示会に行ったり、実際にキャンピングカー生活をしている人に取材したりしました。「バンライフ」という言葉を知ったのも、この取材がきっかけです。取材をしているうちに「おもしろそう。自分もやってみたい」という思いが湧いてきました。独立して仕事をしたいという思いはずっとありました。独立すれば場所を問わない生き方が実現できます。「起業してバンライフをしよう」と決意しました。結局、2020年12月12日の夕刊1面トップ記事に載った署名記事が、私の日経新聞時代の最後の原稿になりました。

独立・起業、まず九州の旅に

このキャンピングカーに出会ったのはまったくの偶然でした。住み慣れた東京を離れ、新幹線で地元の北九州に戻る途中にたまたま大阪の中古キャピングカー店に立ち寄りました。そこで見つけたのがこの車です。扉を開けると山小屋のような雰囲気を感じました。山好きな私にぴったりだと思い、その場で即決しました。

4月に納車され、さっそく巡ってみることにしました。地元の福岡や大分を中心に旅しました。

4〜6月は九州を旅した(大分・姫島)

旅するうちに感じたのは、困ったことがほとんど見当たらなかったということです。このことは、自分に登山経験があったからかもしれません。一週間ほど山にこもろうとするとお風呂に入れないことは当たり前です。食べ物やテント、衣類など全て背負って、険しい山を歩かなくてはなりません。

登山と違い、キャンピングカー生活はお金さえ出せばいつでもどこでもコンビニで食料を調達できますし、雨に降られても車の中にいれば問題ありません。入浴も各地でできます。山の経験がもしなければ、もう少し不便さを感じていたのかもしれませんが、私は車旅生活が天国のように思えました。

旅は学びの場でもあると感じました。新聞やテレビで知ったつもりになっていても、現地に行かなければ気づけないことがたくさんあります。高校生の時以来17年ぶりに帰ってきた北九州でも八幡製鐵所の歴史や炭鉱跡などを巡っていると、いかに自分が地元のことを知らなかったのか思い知らされました。

1週間程度の旅と、仕事に集中する1週間を交互に繰り返しながら2ヶ月を過ごしました。6月の半ば、キャンピングカー生活についてインターネットで調べているとたまたま「日本一周」に関する動画が目につきました。その流れで動画をいろいろみていると、若いカップルや年配の夫婦なども日本一周中の動画を紹介しています。「日本一周ってそれほど難しいことではないのかも」と感じました。数日考えていると「日本を一周できるチャンスはそうないのでは」と思うようになりました。6月21日の夜「やるならいまだ」と思い至り、決意しました。

「心ふるえる旅へ」フェリーに飛び乗る

大阪行きのフェリーに飛び乗った(大分・別府港)

旅のコンセプトを考えました。一言「ふるえる」にしようと思いました。私のコーチング会社の屋号は、クライアントをめいっぱい(FULL)応援したい(YELL)という思いでフルエールと付けました。もう一つの意味として「ふるえる」をかけています。心ふるえる人生へ踏み出してほしいという願いを込めました。

フルエールを掲げる会社の代表として「ふるえる旅」を体現しようと思いました。「心ふるえる場所に行き、心ふるえる景色を見て、心ふるえる人に会う」。ただただ「心ふるえたい」という思いひとつを胸に「フルエール号」と名付けたこの車と一緒に6月30日の夕方、大分の別府から大阪へ向かうフェリーに飛び込みました。

2へ続く

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