重度の視覚障害を持つ経営コンサルタント、成澤俊輔さんの講演会に行った。講演会といっても都内の公共施設の一室で開かれた参加者25人ほどのお話会だ。1時間ほどの話だったが、働くということを考える上でとても示唆に富んだ内容だったので、ここに私なりのメモを書いておきたい。
■強み弱みは表裏一体
現在35歳の成澤さんは3歳の時、5000人に1人が発症するといわれる網膜色素変性症という目の難病にかかり視力を徐々に失い、今では光を感じることはできても、自分が目の前に広げた手すら見えないのだという。そうしたハンディキャップを負いながらも、現在は引きこもりや障害者など社会に馴染めない人の就労支援を手がけるNPO法人を運営しつつ、気鋭の経営コンサルとして活躍をしている。顧客にはベンチャー企業から、経団連や米大手金融などもいるそうだ。
私は一見しただけで成澤さんが視覚障害かどうかは分からなかったが、講演ではTシャツ姿でラフな格好をした35歳の青年風の外見とは裏腹に、メモなしに中身の濃い具体例をテンポ良く語り続ける話ぶりには、凄みを感じたほどだ。
人の強みと弱みは表裏一体だ、という内容が特に印象深かった。成澤さんが話していた具体例をいくつか紹介したい。
聴覚を失った障害を持つ人が、日本で一番働いている都道府県はどこかご存じだろうか。それは愛知県だという。トヨタ系列の自動車工場で働いているケースが多いという。部品を組み立てる時に出る大きな音が聞こえない上、轟音の中でも手話でコミュニケーションが取れるからといった理由があるそうだ。
米国の企業では、文章が読めなかったり言葉が話せなかったりする言語障害を持つ人(講演ではダウン症の方が例に上がっていた)が機密情報を守る部署で雇用される場合があるという。例えば機密情報が書かれた文章をシュレッダーにかけたりするといった役割があるという。言葉の読み取りが難しい反面、外部に会社の秘匿情報を漏らす心配がないからだ。
またリクルートなどが運営する多数の口コミサイトに不適切な書き込みがないかどうかチェックする仕事では、アスペルガー症候群を持つ方が働いている場合が多いという。強いこだわりを持つという特徴を生かして、細かいところまで見逃さない仕事ぶりができるからだそうだ。
よく「長所は短所」というが、これらの話からはその逆もまたいえることだと思わずにはいられない。
成澤さんもご自身が視覚障害を持ち、苦労を重ねてきた。障害だけでなく、お姉さんを幼い頃亡くし、小中高といじめにあい、大学では2年間不登校を経験した。そうした厳しい人生体験を生かして、FDA(Future Dream Achievement)という心身ともに多くのハードルを抱える人の就労支援を手がけるNPO法人を立ち上げた。理事長という役目をしながら、人が働く意義について考えることが多いのだという。
■自分らしさを生かし誰かのために
ある解離性障害を持つ50代の女性の話が印象深かった。この障害というのは、自分の中にいくつもの人格を宿す心の病だ。この方は時と場合に応じて7つくらいの人格を持ち、本来の自分(主人格)ではない時に話したことやしたことの記憶がないのだという。彼女は親が残した家があり、働かなくても生活はできる経済状況なのだという。
障害に悩みながら働く彼女に、成澤さんはあるとき「なぜわざわざ働いているのか。働かなくても生きていけるのに」と聞いたそうだ。返ってきた答えは「自分が自分らしく思える時間の記憶を増やしたいから」というものだったそうだ。
働くことは自分らしさを確かめることでもある、というのはとても考えさせられるエピソードのように思う。
自分が自分らしく働く。その上で何かを必要としている誰かの役にたつ。成澤さんが目指しているのは、障害のあるなしに関わらず、誰もが自分の特徴を生かして働ける社会にしていくことだという。自身がコンサルを手がけ、その思いを実現しようとしている企業を3社取り上げていた。いずれも興味深かったので紹介したい。
1つは窃盗などの犯罪歴のある人専門の求人雑誌「Chance!!」を出しているヒューマンコメディー(東京・豊島)。「すべての人間は、過去を価値に変えることができる」を経営理念とし、人は変われると信じることのできる社会の実現を目指す会社だ。
2つ目は、就労を目指す障害者向けにITやWEB分野のスキル習得に特化した人材育成を手がけるアーネストキャリア(東京・港)。「あらゆる人たちが選択できる機会を創造する」を理念とし、障害を抱えても今後人材ニーズが伸びる分野でスキルを身につければ活躍の場が大きく広がるという考えで事業に取り組んでいる。
もう1社は、わずかな匂いに反応して体調を崩す化学物質過敏症の理解を広げる活動に取り組むカナリアップ(北海道倶知安町)だ。化学物質過敏症というのは、シックハウス症候群もその一つとされ、頭痛や呼吸困難などの症状が出る。日本では少なくとも100万人くらいはいるそうだ。藤井さんという方が、お菓子会社を手がける旦那様が発症したことをきっかけにして、「香害」を企業などに伝える仕事をしているのだという。いずれも規模は小さいながらも、社会的な使命を持つ事業だと感じ入った。
■HSP気質とは何なのだろう
今回は、HPS(敏感で繊細な人、Highly Sensitive Person)の人たちのキャリアや生き方を考える講演会だった。私自身HSPというのは数冊の本を読んだくらいで、実際のところまだよくわかっていない。私自身は例えば「男だから、女だから」とか「日本人だから、同性愛だから」とか、人を何かのカテゴリーでくくることに抵抗がある。人は一人ひとり違うのに、勝手な先入観を持って区分するのはおかしなことだと思う。
私自身のそうした考えを前提にして、HSPは幾つかの本を読み情報を集めたところ、1990年代から米国の心理学で研究が進んでいる人の一つの気質を表す説で、実験や論文などによって一定の科学的な確からしさがあると言えるもののようだ。国や人種、文化に関わらず人口の2割程度がいるそうだ。内向的な性格と重なる部分が多いようだが、やや異なる特徴もある。これは障害というようなものでも、良い悪いというものでも決してなく、あくまでその人の持つ本来的な気質というところは強調すべきところだ。
私がなぜHSPの会に行ったかというと、幾つかの本を読み私がこの性質によく当てはまると思い、より自分自身を知りたいと思ったためだ。私自身、1日のうちで一人でいる時間が欠かせないし、集団行動は大の苦手だ。パーティーみたいな大勢でワイワイするような場は苦手だし、たくさんの人の前で当意即妙のスピーチすることなんて逆立ちしてもできない。外向的でノリのいい社会性に溢れた人とは遠い、内向的なタイプだと思っている。
ただ、私は実は比較的最近までこの自分の性格を直すべきものだと思い、外向的に変えようとする努力を長らく続けてきた。大学生の頃はある学生団体のリーダを務めたり、アジアの学生と2か月間船に乗る国際交流活動に休学してまで参加した。自分ではあまり向いていないことに気づきながらも、変われないのは自分の努力が足りないからだと思っていた。
懲りずに仕事も外向的な性質を問われる職種を選び、自分を外向的にふるまえるように変えよう変えようと考え続けてきた。ただ昨年、30代半ばにして私はあることをきっかけに完全に折れた。自分の大学以降の「努力」というのは、自分が本来持つ性質を否定する面が大きく、決して自分の力を伸ばすものではなかったと思い知った。
もともと内向的な気質を持つ自分が、バリバリの外交的な人間になれるはずがない。そんな人間になる必要は全くないと今、強く思っている。そんなことよりも、自分がどんな人間なのか見定めて、強みや好きなことを大いに生かす方向に切り替えられるように、人生行路を修正して生きていきたいと思っている。
講演が終わった後、部屋内で集まった何人かの人と話をしていると、自分とタイプが近い方が多いように感じた。HSPの方は人の表情や環境の変化に敏感なことが一つの特徴だ。話した人の中には、地下鉄の音に耐えられる乗るときには耳栓が欠かせないという人や、スマホの電磁波を感じて体調を崩すといった話をする方もいた。
大マスコミや政治家、その後ろで動く役人や大企業など、社会の大枠を形作る立場の人が好む思わせぶりな既存の価値観は、いまだに外交的で明るい人を評価する傾向が強いと思う。ただそれはあくまで一つの価値観に過ぎず、万人に共通するはずがない。ただし、日本社会の同調性の強さに相まって、それに苦しんだり、悩んだりしている人は少なくないのではないか。
HSP気質を持つ私は、大勢の飲み会では疲れ果てるが、少人数で関係を深めるような集まりは大好きだ。たくさんの仕事を一挙に片付けることはできないが、一つ一つの仕事をコツコツ丁寧にできると思っている。
人が「弱み」と思うことは、自分がそう思い込んでいたり、社会にそう思わされているだけのことなのではないか。大事なのは、自分のことをよく知り、あわせて社会を知り、自分の本来持つ性質を生かせる場で生かすことだ。人それぞれが持つ性質に、良い悪いなんかない。自分の本来性を磨くことが大切だ。無理に自分を変える努力より、よほど大事だと思う。
講演の最後に、成澤さんがご自身の経験を基に、胸にいつも留めている言葉を語っていた。「未来とは、修正できると思えた過去である」。落語家の立川談志の言葉だそうだ。
人間社会、一人ひとりがそれぞれの悩みや迷いを抱えながら生きている。ただ、それぞれが悩んだ過去を踏み台や教訓として、自分なりの価値観を見つめ直し、力を発揮出来る社会になればいいと心から思う。
参考までに関連URLを紹介します。
・成澤さんが運営するFDA http://www.fda.jp/aboutus/staff.html
・ヒューマンコメディー(犯罪者専門の求人雑誌発行) https://www.human-comedy.com
・アーネストキャリア(障害者のITスキル養成支援) https://earnest.ac
・カナリアップ(化学物質過敏症の啓発) https://support-canaria.com
この講演会を企画してくださった方に深く感謝申し上げます。
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