新型コロナウイルスの世界的流行によって私たちの暮らしは大きく変わりました。変化のひとつは、場所や時間を問わない働き方です。インターネットにつながれば、どこでもいつでも仕事ができる環境は急速に整ってきています。バン(箱型の車)で旅をしながら仕事をする人も増えています。能登半島の北部にある風光明媚な港町に「泊まれる駐車場」を旗印とする宿、田舎バックパッカーハウス(石川県穴水町)を見つけました。バン生活を楽しむ人の新たな拠点となっています。なぜこの施設を開業したのか、経営する中川生馬さんに聞きました。
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旅人や地元の人が行き交う拠点に
ーー田舎バックパッカーハウスはどのような拠点なのですか
「長期滞在できる多目的多用途の民家です。2019年の12月に開業しました。家の前に5台分ほどキャンピングカーを停めるスペースがあります。家の1階には共同で使えるキッチンやリビング、シャワー、洗面台、トイレ、ワーキングスペースなどがあります。寝室はご自身のキャピングカーを使っていただく拠点です。2階には寝泊まりもできるシェアハウスもあり、1ヶ月以上滞在する方に使っていただいています」
「開業して1年半ほど経ち、多くの方にご利用いただいています。能登の旅の途中に立ち寄る方もいれば、3ヶ月ほど長期滞在する方もいます。旅人や地元の方が行き交う交流拠点になっています」
ーーどのような方が利用されるのですか
「さまざまですね。ひとり旅をしている20代の方もいれば、仕事をしながらバンライフを楽しむ夫婦の方もいます。会社員のリモートワークの場所としても活用いただいています。都内のIT企業で働いている方が3週間ほど仕事の拠点としていたこともありました。長い方は3ヶ月滞在していた例もあります。車中泊や旅をテーマとするYouTuberも多いですね。他にも、子供と一緒に田舎暮らしを体験したいという親子連れも来ます」
「個性的でユニークな方が多いです。例えば、お茶の世界を愛し1トントラックの荷台に古民家風の茶室を作って、各地でお茶の魅力を伝え広めている方も来ます。また、不要となった鉄塔を各地で解体する仕事をしながら旅を続けている方も来たいと言ってくれています。登山で培ったクライミングスキルを活かして仕事をしています。いい意味で『変わった人が集まる場』になっていますね」
ーー集まる人はどんな過ごし方をしているのですか。
「みなさん思い思いに好きなことをやっています。田舎バックパッカーハウスが提供するものとしては、体験型のイベントが特に人気ですね。季節ごとに企画をしています。例えば夏では、ハウスに面している北七尾湾で地元の漁師さんと一緒に素潜り体験や魚釣りをし、自分でさばいて食べる洋上パーティーは好評です。リピーターの方もいますね。カキ漁師体験も人気です。カキは水揚げしたばかりの時にはドロドロした海藻や泥が付着していてすごく汚いんです。汚れをはぎ取りきれいに洗い、食卓に上がるまでを実際に見てもらうのです。カキ一粒がテーブルに出るまで、多くの工程がかかっていることを体験として知ることができます。実体験を通じて自分たちの食生活について考えるきっかけになったという声をいただいています」
2年半のバックパッカー生活での気づき
ーーなぜバンライフをする人たちが暮らせる場を作ったのですか。
「私自身2010年10月から約2年半、バックパッカーをして日本中を旅をしていました。元々は東京の企業で広報の仕事をしていましたが、都会の生活ではない生き方を探してみたいと思い、各地を見てまわろうと思ったのです。『移住先を探す』ことと『田舎暮らしを体感する』をテーマとしました。地図帳を広げて、聞いたことない田舎ばかり転々とめぐりました」
「旅をしていると、テント泊ができる場所や、温浴施設などを毎日探さなければなりません。旅は楽しいですが、それでも毎日やっていると疲れてしまいますよね。旅先で仕事をしようと思っても、集中できる場所がなかなか見つからないということもあります。そうした経験から、旅人が滞在できる拠点があるといいと思いました。家の空間を快適に使えて、一時的に暮らせる場所があるととても助かるのではないかと考えたのです」
ーー集まった人の交流を重視しています。なぜですか
「人は人と交流することで視野が広がると思うんです。私自身がバンライフを始めたきっかけも、人との出会いがあったからです。ここには旅人だけでなく、地元の椎茸の農家さんや漁師さんもきます。旅人と地元の人がここで出会い、交流することでお互いの視野が広がってほしいと思っています。自分自身が人と話すことが好きなので、やっていて楽しいということもありますね」
田舎の方が選択肢が多い
ーーご自身が地方を長く旅してきた経験で、田舎で暮らすことの良さをどう考えていますか
「やはり自然の中での暮らしですね。海に行けば魚が獲れます。畑に出れば野菜が採れます。自然と人が融合し、共存している暮らし方ができます。必要なものを自給できる環境は素晴らしいと感じています。何があっても暮らしていけるという思いになれますよね。日本は小さな国ですが、ライフスタイルが地方によってガラッと変わります。自然環境を生かした生活の多様さと豊かさを旅をするなかで体感してきました」
「よく『田舎にはなんにもない』と言われます。私はそうは思いません。例えば火を使おうと思えば、庭で焚き火もできるし家で薪ストーブもできます。山でキャンプファイアーもできます。都会の暮らしではキッチンで火を付けることくらいしかできないでしょう。火を一つとってみても、田舎の方が圧倒的に選択肢が多いと思うのです。宅配では例えばAmazonに注文すれば東京と同じように翌日に届きますし、ここからなら能登空港から1時間あれば羽田空港につけます。不便なことは思い当たりません」
米国で「普通とは何か」を考える
ーーご自身は米国で高校と大学を過ごされました。田舎暮らしとどのようなつながりがあるのですか。
「高校と大学を米国の西海岸にあるオレゴン州で過ごしました。高校では、ホームステイ先が鶏を飼っていたり、トウモロコシ畑を経営していました。卵はスーパーで買うのではなく鶏が産んだものを食べ、トウモロコシは冷凍させて年中食べられるようにしていました。ブラックベリーなども自給していましたね。そうした環境で育ち、自給して生活することの素晴らしさを身をもった感じたことは大きかったと思います」
「オレゴン大学での学びも大きかったと思います。環境や人権問題などを勉強しました。特に面白かったのは哲学ですね。ルソーとかジョン・ロックの思想について学びました。彼らは、そもそも『普通』とはどんなことなのかというところから考えるのです。私たちに染み付いている固定概念とはなんなのか考えるきっかけとなりました。米国の教育では、理由を考えて相手に伝えることが重視されます。人と違う答えでも、その理由に説得力があれば評価される教育なのです。そうした環境で高校と大学を過ごしたことで、人と違うことを恐れないという考えにつながっていると思います」
人との出会いで選んだ穴水町
ーー移住先に石川県の穴水町を選んだのはどうしてですか
「第一は、人との出会いですね。バックパッカーで能登半島を旅しているとき、奥能登にあるつばき茶屋の店主の方に出会いました。それ以来、手紙などで『今どこにいるの』とか『また会えたらいいね』といったやりとりが始まりました。他にも出会った方が『祭りの時にカメラで写真を撮る仕事をしてくれないか』とか『ブログを立ち上げるから手伝ってくれないか』といった話を持ちかけてくれました。元役場職員の方にも親切にしていただきました。能登の人たちは自分のことをいろいろ考えてくださっているんだな、嬉しいなと思ったのです」
「自然環境としては海と山が気に入りました。能登半島は最高峰が600mほどで、山というよりかは丘という感覚なのです。内海も穏やかに広がっていて、スペース感のある田舎に惹かれました」
「もう一つは穴水町は移住先としてほとんど知られてないかったためです。私は人と違う道を行くことにおもしろみを感じます。移住先の候補として、徳島の神山町や上勝町、北海道洞爺湖、五島列島、大分の海岸線なども考えました。しかし、どこもそこそこ知られていました。穴水は誰も知らない、だからこそ面白いと思ったのです」
固定概念をなくし選択肢を増やしたい
ーー田舎バックパッカーハウスの経営を通じて、何を伝えていきたいと考えていますか
「私の根底にあるのは、ライフスタイルは様々あっていいという思いです。今の時代は、都会で暮らさなくてもいいし、1ヶ所に定住しないといけないということもありません。インターネットがつながり、生活に必要なインフラも全国どこでも整っています。私たちはいろいろな固定概念に縛られていますが、固定概念をなくすことで選択肢が増え、多様なライフスタイルが実現できると考えています」
「会社員であっても、都会での勤務生活だけではなく地方での田舎暮らしやバンライフなどあらゆる選択肢があるということを知って欲しいと思っています。いまだからこそ選べるライフスタイルです、世の中はいま大きく変わってきています」
ーーなぜ選択肢が増えるといいと考えているのですか
「選択肢が増えると、その中から自分の好みにあったものが見つけられますよね。自分がやってみたいものを選ぶことができると思います。選択肢が多く提示されることで、サラリーマンの方であっても他の生き方があると気づくことができると思うのです。会社に就職するだけではなくて、他にも色々な人生の過ごし方があると思えるだけで、気が楽になり人生が豊かになるのではないでしょうか」
都会でしか生きられない時代は終わっている
「東京一極集中の問題がよく議論になります。私自身思うのは、東京一極集中の原因は、田舎の親の子育てにもあると思うのです。田舎の父親や母親が『田舎には仕事がないから都会に出なさい』と子供にいえば、子供は東京に出たがりますよね。しかし、田舎で仕事を楽しくできる姿を見せることで、子供はいろんな生き方があると知れます。都会でしか生きられないという時代はもう終わっているのです。今の高校生くらいの子供が大人になる時には、日本は今よりさらに豊かになっていると思います。会社に就職する選択肢以外にも生き方は様々なんだよということを親が子供に提示していくことが大事だと思っています」
「東京での暮らしは疑問に思うことが少なくありません。例えばビルは少し古くなっただけで、すぐに取り壊されます。テレビもや冷蔵庫がない家などないでしょう。ものにあふれた社会で、これ以上何を作れというのでしょうか。そうしたことに疑問を持っている若い人はたくさんいると思うんです。私の田舎暮らしに関する情報発信は特に極端かもしれませんが、そうした特徴的なライフスタイルをあえて発信することによって人の考え方が変わっていくんじゃないかなと思っています」
田舎での子育て「感性豊かに」
ーー中川さんご自身もお二人の娘さんの子育て中です。田舎での子育ては、都会とどう違いますか。
「ひとつ言えるのは、感性が豊かになるということでしょうね。東京で暮らしていると、休みを使って自然のある場所に行かなければなりません。田舎で暮らしていると、家の窓から畑や海が見えて、例えばトマトが日に日に大きくなっているとか、景色が毎日違うとか、日常の変化が当たり前になります。そうした自然の移ろいの中で暮らすことで、感性が豊かになっていくのだと思います」
スキルを活かせば仕事を作れる
ーー田舎で仕事をしていくためは何が必要ですか
「東京で働いている人には多くのスキルがあります。自分自身のスキルに気づいていない人も多いのではないでしょうか。自分ができることをリストアップすることで、田舎でもできることが見えてくるはずです。私の実感として、田舎は隙間産業だらけです。人口が減った地方では大きな企業のサービスが成り立たちませんが、その分個人がサービスを立ち上げやすい環境にあります。例えば、パソコンの使い方ひとつとっても、おじいちゃんおばあちゃんに教えることができます。ホームページ作りであっても、無料のGoogleのツールなどを使うだけで、十分に喜んでくれます。東京の立派なデザイナーさんに頼らずとも、自分でそうした仕事を作ることができるのです。動画編集やライターの方などは、都会でも田舎でも場所を問わずに働いていけますよね」
生活できる車、加速的に伸びる
ーーコロナ以降のバンライフの状況をどう見ていますか
「バンライフは加速的に伸びています。キャンピングカーの出荷台数のデータを見ると、はっきりしています。これまで懸念だった電気関係についても、電池やソーラーパネルの性能が上がったことで問題ではなくなってきました。インターネットも高速通信が全国どこでもできますよね。コロナで場所を問わない働き方が広まってきたことと、技術の進歩の両面が伸びている理由だと思います」
「今後さらにバンライフは普及していくと考えています。トヨタやホンダ、ダイハツなど大手自動車会社の動きを見ても、生活できる車の投入を相次いで始めています。近年増えてる自然災害の面からも、生活できる車のニーズは高まっています。車はただの足なのではなく、より生活に入り込んだ存在になっていくと考えています 」
バンライフ、日本でこそ可能性
ーー海外と比べて日本のバンライフの環境をどう見ていますか
「バンライフはよく、アメリカとかヨーロッパの方が進んでいると言われます。しかし海外生活が長かった私が思うのは、バンライフに必要なインフラは圧倒的日本が優れていると思います。泊まるところ一つとっても、道の駅、カーステイ、RV パークなど様々にあります。トイレもどこに行ってもきれいですし、温浴施設も各地にあります。そうしたインフラを工夫してつなげることでバンライフは一気に広がると思っています」
ーー中川さんの今後のビジョンはなんですか
「家に代表される『不動産』と、動く車などの『可動産(かどうさん)」が一緒に語られる未来です。家にしますか、それともバンにしますかと、ふたつを選べる未来が必ず来ると思っています。私は車が家になるという時代が絶対くると思ってるんです。その時代には、車を泊めて生活できる拠点が必要になります。それがバンライフステーションの役割だと思うのです。私が広報を担っているベンチャー企業のCarstay(カーステイ)はこれからの「動く時代」の拠点作りを進めています。地方をめぐる人が増え、気に入った旅先で定住し、また旅をするという未来を作っていきたいと思っています」
<コーチの眼> バンライファーは「現代の志士」
中川さんのインタビューで特に印象的だったのは「固定概念をなくし、選択肢を増やしたい」という考えでした。バンライフに興味をもつ人は増えているとはいえ、移動する生活なんて奇想天外だと考える人が世の中のまだまだ多勢ではないでしょうか。バンライフをする人は「変わった人たち」「極端な生き方」と一蹴されることもあるでしょう。特に周りと違うことを恐れる日本社会では、冷たい目が向けられることもあると思います。
しかし、時代はいま変化の節目にあります。リモートワークが当たり前になる世の中を、新型コロナが流行する2年前までは、どれだけの人が実感をもって予想できたでしょうか。「仕事はオフィスでするもの」という凝り固まった考えは、意外にもあっけなく崩れました。250年以上続いた封建的な江戸幕府が、黒船の来航によって開国の道をたどったように、新型コロナ流行は私たちの固定概念を強烈に揺さぶる「現代の黒船」なのかもしれません。
明治新政府を作り上げたのは、変わることを恐れず、進取の精神で時代を先取りしようとした志士でした。仕事と旅を両立できるバンライフは、高速インターネットがあまねく普及した21世紀の今だからこそできるようになった生き方です。ネットとキャンピングカーを武器に、1ヶ所定住という固定概念に正面から挑むバンライフ愛好家(バンライファー)は「現代の志士」とも言える存在なのではないでしょうか。
田舎バックパッカーハウスは全国からバンライファーが集まります。中川さんは国籍問わず、どんな人にも壁を作らず話しかけます。私自身も中川さんと話し込み、3日間の滞在予定が気づけば6日になってしまいました。中川さんには大きな懐に飛び込みたくなるような、人とのしてのゆたかな魅力を感じました。
幕末の志士を育てた吉田松陰は、自身が率いた松下村塾で、上下関係を一切作らず、和気あいあいとすることを第一に心がけたといいます。そうした自由闊達な気風がスケールの大きな時代の変革者を生みました。全国から多士済々のバンライファーが集まる田舎バックパッカーハウスは、もしかすると現代の松下村塾のような存在なのかもしれません。能登半島のこの地が、日本社会にバンライフという新たな生き方を提示する拠点になってほしいと願っています。
(聞き手は安倍大資)
取材日:2021年7月23日
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