社員の採用や育成に悩む中小企業経営者は多い。人材の流動性が大きくなっている現在ではますます社員の定着が課題となっている。どうすれば社員とともに成長を続け、働きがいのある会社を作れるのだろうか。経営理念に「敬愛」を掲げ「日本でいちばん人がやめない美容室」と呼ばれるBAGZY(バグジー)を展開する九州壹組(北九州市)の久保華図八社長に聞いた。
目次
離職率、業界水準の10分の1以下
ーーバグジーは 「日本一、人がやめない美容室」と聞きました。どのような意味なのでしょうか
「美容室は最も離職率が高い業界と言われます。表上の華やかな印象とは裏腹に、カット技術など地味な作業が多く、立ち仕事で体力的にもハードなためです。賃金水準も低いです。業界全体では1年で3割ほどが辞めるとも言われます。美容室はたいてい、常に人材の採用と教育に追われています」
「バグジーの社員数は約100人です。離職率は業界の10分の1以下です。辞めていく理由も独立して店舗を構えるといった卒業が大半のため『日本でいちばん人が辞めない美容室』と呼ばれるようになりました。20年以上勤めてくれている美容師もたくさんいます。経営のヒントを得ようと、北九州の内外から私たちのお店に視察に来られる方は多くいらっしゃいます」
ーーなぜほかの美容室と大きく異なるのでしょうか
「わたしたちは経営理念に『敬愛』を掲げています。『すべての人に愛を持って接する』という姿勢を徹底しています。お客様に喜んでいただけるサービスを提供し、地域の方々に必要とされ、その結果、愛されることが私たち自身の喜びになる。そして、社員同士も互いを愛するということを大切にしています。社員は家族であり仲間です。美容師として確実にスキルアップできる教育プログラムに加えて、夏キャンプ、運動会など社員同士が交流できるイベントも多くあります。こうした理念を日々の実践に落とし込んだ経営が結果として違いになっているのだと思います」
30人の半分が辞めた「クーデター」ショック
ーー創業時から「敬愛」を重視した経営をしているのですか
「まったくそうでないのです。実は私が37歳の時に、社員数が一気に半分やめて倒産しかけたのです。私は16歳で美容の世界に入り、アメリカで修行し、技術には誰にも負けない自信がありました。北九州の中間と黒崎に2店出していた店も技術が評判になって売れていました。私はベンツの(上級モデル)AMGを乗り回し、高い服や時計を身につけていました。社員には『俺みたいになりたければがんばれよ』とだけ言っていました。北九州でトップになりたいと思い、一番の繁華街の小倉に店を出したんです」
「ところが、手付金を払った次の日に、信じられないことが起きました。一番頼りにしていたナンバーツーが突如『辞めたい』と言ってきたんです。『なぜ辞める』と聞いたら、『前の先生(久保社長)は好きだったけれど、今は生き方が違う』というのです。『どうして今なのか、人生の勝負をかけて金を出したばかりなのに』と思いました。投資額は4000万円くらいで、当時はこれ以上投資できないという額でした。恨みがあってこの時を選んだのかとすら思いました」
「当時のバグジーはとにかく成果至上主義で稼ぐことが一番でした。駐車場もないのでお客さんは路上駐車し、椅子も電動ではなく手動で姿勢を変えるものを使っていました。ナンバーツーは、利益ばかりに走らない店をやりたいというのです。私の当時の経営は、人を大事にするかけらもありませんでした」
「さらに一週間後、ナンバー2、3、4もきてみな一斉に『僕らも辞めたい』というのです。クーデターが起きたという感じでしたね。ボクシングで言えば、これまでKOで全部勝っていたのに、いきなりKO負けで失神したみたいなショックです。これまで人も増えて、売り上げもよかったのに一変しました。結局、当時30人いた社員の半分が辞めました。残ったのは16人だけです。店をせっかく出したのに、スタッフがいなかったらどうしようもありません。本当にショックでした」
「ワンマン社長」の謝罪と気づき
「月の支払いがどう考えてもできず、自殺しようとすら思いました。どうせ死ぬんだったら、最期にお坊さんの話聞きたいと思ったのです。ちょうど有名なお坊さんが福岡市で講演するというので、行ってみたんですよ。講演の内容が西郷隆盛の南洲遺訓の話だったんですね。『子孫のために美田を買わず』の言葉についてでした。この言葉の本当の意味は、子孫に美田を残すため私利私欲で金儲けする経営者からは人が離れていく。欲深い経営者の下では人は育たないという話だったのです」
「その話を聞いて驚きました。まさに今の自分のことを事前に調べてきたんじゃないかとすら思いました。終わった後にそのお坊さんに話しかけると『人が辞めるのはなぜか教えてあげましょうか』と。『社長が悪いから辞めるんです。悪い従業員が集まったわけじゃないんです』というのです」
「お坊さんと話した後、会社に帰り、残った16人とミーティングを開きました。それまで私はワンマン社長で、とにかく俺の言うことを聞けとばかり言っていました。能力主義者で結果主義者だったんです。そんな私でしたが、そのミーティングでは『俺が悪かった』と素直に謝りました。すると、うつむいていた急にみんなの顔がふわっと明るくなったんですよ。ワンマン社長が急に謝るのだから社員も驚いたでしょう。私は『もう1回頑張るから、ついてきてほしい』と言いました」
「そしたらある社員が『私たちが残っているからいいじゃないですか。やり直しましょう。またいい店を作りましょう』と言ってくれたんです。うれしかったですね。その時にわかったんです。稼ぐことより、身近な人から一緒に頑張ろうって言われた方が心地いいのだなって。お金よりも大切なことは確かにあるのだと気づきました」
「それまでは稼ぐためにお客の方ばかり見ていました。でも気づいたんです。お客さんの前に、まず社員が大事なんだと。 CS(顧客満足) よりもES(従業員満足)の方が大事だと思ったんですね。幸福優位性という言葉があります。頑張るから幸せになれるのではなく、幸せだから頑張れるのだと。それまでの私は、お金は持ってたけどビクビクしながら駆け引きをしている自分でした。でもお金も無くなった今、今いい店作ろうと言ってくれる従業員が16人います。バグジーはこれからこのメンバーで一緒に作り直していこうと思った瞬間です。そのミーティングが私のターニングポイントになりました」
ダウン症のお客様との出会い
ーー経営理念の「敬愛」はどのように定めたのですか。
「あるダウン症のお客様との出会いがきっかけです。経営危機から1年ぐら
い経った頃でした。地元の小料理店の女将さんの店にいきました。私がカットを担当していた方です。その女将さんが、友人にバグジーを紹介したと言います。その友人の子供がダウン症の女の子で、その子がバグジーが大好きというのですね。どうしてと聞いたら、その女の子の担当美容師が、その子が読めるようにひらがなとカタカナだけで書いた手紙を贈ってあげたんですって。その子は『生まれて初めて自分で読める手紙をもらった』といって感激したというのです。私はその話を聞いて涙が出ました」
「その話を聞き、バグジーが目指すのはまさにこういう仕事だって思ったんです。ダウン症は天使の子とも言います。そうしたお客さんが泣いて喜ぶような仕事を『天使の仕事』と名付けました。それにはどうしたらいいだろうと思いました。社員みんなが大切にするゴールデンルールを作ろうと思い立ちました。お客、社員、地域、関わる人の4つに分けて、それぞれ大事にすべきことを書き出しました。それらを一つにまとめる言葉が敬愛だったのです。西郷隆盛の座右、敬天愛人からもとっています。従業員を絶対幸せにし、お客様を感動させるんだという思いです」
具体例を伝え、社員が行動しやすく
ーー理念の言葉だけでなく、具体例も載せているのはどうしてですか
「ケーススタディは大事なんです。社員に理念教育をするとき理論では伝わりません。それよりも「こんな時、こういうことをした人がいるんだよ」という事例をいっぱい聞いた方が自分の行動に落とし込める。いくら素晴らしい文面を教えたりするよりも大切なんです」
「例えば、あるお店では自転車で来たお客さんのタイヤに空気を入れてあげたとか、雨降りの時にサドルが濡れたりしないようにビニールをかけてあげたといった具体例です。聞いた側は『それすごい。今度やってみよう』となります。具体例をシャワーみたい浴びせると、人は動き出します。そうした具体例を一個一個を増やしていく。本でそうした例を見つけたらコピーして配るといったこともしてきました」
「ケーススタディは成長するものです。今の敬愛と10年後の敬愛は違います。今のお客さんのニーズと10年後のニーズは違いますから時代に合わせて変えていきます」
お客一人のために店を南国風に
ーー理念を「敬愛」に定めてどんな変化がありましたか
「社員が自発的に動き出しました。こんな例があります。ガンで余命数年と言われた高齢のお客様がいました。そのお客様は沖縄旅行が大好きなのだけれど、体の具合で行けなかった。店のスタッフがなんとかしたいと考え、そのお客様のために店を南国風にしようという案を作りました。パイナップルの木を借りてきたり、アロハシャツを着たりしておもてなしをしたのです。そのお客様はとても喜んでくださいました」
「目が見えないお客様のために、点字を独学でマスターした社員もいます。点字ができる美容師はほとんどいません。点字を通じてお客様とコミュニケーションできるようになると、他にも目が不自由な方が来店するようになったんです、その社員は目が不自由な方のウェディングに呼ばれるまでになりました。そういう嘘みたいな例が、実際にたくさん出てきたんですね」
「そうした取り組みを、年に1回『敬愛大賞』として表彰する制度も作りました。1年で一番お客さんを泣かした『天使の仕事』をした人を選びます。選ばれた人の姿を見て、自分ももっと素晴らしいサービスをしようと社員同士が思える場にしています」
業績はお客さんの満足の「影」
ーー社員を大切にすることは、業績にもつながるのでしょうか
「私が第一に目を向けているのは社員です。売り上げではありません。社員がお客様に感動していただき、お客様の満足を求めていたら、それが業績につながるという考えですね。例えていうなら、目の前のコップに感動という光を強く当ててみてください。そうするとその影ができますよね。その影こそが業績なんです。集中するのは目の前のお客様というコップ。強い光を当てることで影が濃くなるように、業績も伸びるのです」
人材教育のプロモーションビデオが爆発的ヒット
ーーバグジーは異なる業界からの視察も多いです。何がきっかけだったんですか。
「今から17年ほど前、ある会社からバグジーを取材したいという申し込みがありました。『日本で残したい会社』というテーマでプロモーションビデオを制作している会社からです。なぜ私たちなのか聞いたところ「バグジーは日本で一番接客が素晴らしく、元スターバックスコーヒージャパンCEOの岩田松雄さんも『日本で接客だったらバグジーでしょう』と話していたというのです」
「撮影の時には、私たちは普段やっていることを見せただけです。そうしたら相手は感動し『これはCS(カスタマーサクセス)どころではなくCH(カスタマーハッピネス)だ』って言ってくれて。そのビデオが爆発的に売れたんですよ。三菱銀行が1000本、トヨタが1000本という単位で買ってくれました。過去のプロモーションビデオで最高売上になったそうです。それをきっかけに名が広がりました。メガバンクや大手自動車メーカー、東京大学から人材育成や理念に基づいた経営について講演してほしいという依頼が増えたのです」
リーダーの後ろ姿が理念を映し出す
ーー理念を浸透させるために、何が大切ですか
「やはり第一は、経営者の姿勢ですね。リーダーの後ろ姿が理念を映し出します。コロナの感染が広がった時もそうでした。私はすぐに社員を守らないといけないと思い、マスクと消毒液を全店に配りました。売り上げも落ちましたが、過去6ヶ月の平均を出すことを決めました。経営者である私は給料が敬愛の一つの形なんですね。美容室によっては給料を下げた上、マスクも自分で買えというところも多かったと思います。でも、私たちの『敬愛』の理念からは外れています。リーダーが示すことで社員は『売り上げが下がっているのにこんなに給料を出してくれて、マスクも消毒液も買ってくれて、やっぱりうちの社長はすごいわ』というふうになるんですね。それは、僕はお前たちを守るから、社員であるお前たちはお客さんを守るんだぞというメッセージにもなるんです」
「コロナは確かに怖いです。美容室で出れば、営業停止になります。だから緊急事態宣言が出た時に休んだところもたくさんあります。しかし、私たちはこんな時にでもきてくれるお客様のために頑張ろうというようになった。郷土愛ですね。美容室は地域の灯火です。美容室の電気が消えていれば地域に元気がなくなりますから」
「第二に、システムも大切です。バグジーでは新入社員の初任給で5000円、親へのプレゼント代を上乗せしています。必ず親に贈り物をするように言うのです。親にプレゼントして、そのレポートを書いてもらいます。毎年そのレポートを読むたびにグッときますね。例えば『父さんは外回りの仕事をしているので、安全靴の良いものを買ってあげました』とかです。聞いただけでもらったお父さん嬉しかっただろうなって思うんですよ。強制でもやってみたら、親が思ったよりも喜ぶことがわかる。子育てと同じで、体験させることが大切なんです」
「カーディラーで顧客満足度日本一のネッツトヨタ南国(高知県高知市)では、新入社員研修で、目が見えない人と四国のお遍路を手をつないで回ります。八十八ケ所巡りすることで、いかに目の不自由な方が大変なのかということがわかる。そうした体験によって初めて実感を持って不自由であることを知ることができるわけです。それが心あるサービスにつながっていくのです」
理念は人生の勝利者になるためのクセ付け
ーー理念についてどう考えていますか
「理念は、人生の勝利者になるために良いクセをつけるという考えですね。例えば、私たちは12月31日は店を休むんです。美容室にとって大晦日は最も売り上げが上がる日です。でもなぜ休みにするかといえば、社員に親元に帰って欲しいからです。敬愛を掲げているからには、親孝行が大切ですから。社員には『12月30日までに目標の売上を達成できるようにしよう。そうすれば日本中で僕たちだけが大晦日に休める美容室になれるから』と呼びかけたんです。社員からは『そんなことできるんですか』と言う声がありました。でも私は『30日休めれば31日に田舎に帰って、お父さんお母さんと一緒に雑煮が食べれるぞ。それはバグジーとしてかっこいいじゃん』と伝えたんですね」
「敬愛を元にした経営を、月日によって積み上げてきました。一夜にしては変わりません。新入社員が親にプレゼントする話を聞いて、3年前に入った社員が泣くようになるんです。『お前いい仕事したな、親孝行してよかったな』と言うようになります。こうしたことが積み重なり、理念が浸透していきますね 」
ーーもし37歳の時の失敗がなければどうなっていましたか
「どこかで破綻してたでしょうね。『勝てば官軍、負ければ賊軍』ということしか頭にありませんでしたから。とにかく勝てばいい。人間関係も親との関係も知らん顔。それじゃ商売上手くいくはずがないというのは、今考えれば当たり前のことです。よく『修己治人』っていいますよね。自分を治めない限り、人のことなど治めることなどできません」
「人生には3つのルールがあります。『絶対死ぬ』『二度ない』『いつ死ぬか分からない』。この3つを考えた時、今の生き方がいいと思います。私はいま多くの人に愛されているし、私もまたみんなを愛している。過去の自分は、稼げていたとは言っても、ガラス細工のような脆いもので信頼のないものだった。今、死ぬときに神様が出てきて『お前、人生楽しかったか』って聞かれたら、私は『はい』と言える。生まれ変わっても美容師になりたいと言えるんです。なぜ変われたかといえば、やはり37歳で倒産しかけた経験です。やはり人間は死ぬような思いをしないと本当には変われないのでしょうか。よく言いますよね、成功した人はガンの経験か、戦争体験か、投獄の経験があるということを」
生まれ変わって年200冊ペースの読書家に
「37歳を境に変わったことがあります。それは読書をするようになったことです。講演を聞いたお坊さんに、あなたは学校どこでたのって聞かれました。私は中学出なので、ムカッと来たんですけれど、それを伝えると『中卒の人でも素晴らしい人でもごまんといる』と。お坊さんは『本は何冊ぐらい読んだの』って聞くんです。私は正直、一冊も読んだことなかったんですよ。そしたらそのお坊さんは「社会に出たら学歴はいらないけれども学力はいるんだよ」って。経営者は自分のこころを磨かないとだめだ。魂を磨くためには本しかないんですよって言われたんですね。『これから何冊くらい本を読めばいいんでしょうか』って聞いたら『あんたが本当にやる気だったら1年100冊読んだらどうですか』と。僕はその時に必死でした。生まれ変わったような思いでした。そこから1年200冊を20年続けました」
「本を読んでいくといい言葉に出会います。珠玉の言葉に。それを口に出すと、自分の言葉になっていくんです。本からインプットしてアウトプットして実行して、初めて自分の言葉になると思うんです。本を読みながら、僕はお客さんが喜ぶこととにかく何でもやっていこうと思うようになりました。その場その場でもう二度とできないサービスをやっていこうと思いが強くなったんですね」
「動機の純粋性」に立ち返る
ーーお客さんが喜び感動する仕事をするために大切なことはなんでしょうか
「私は動機の純粋性が大事だと思います。自分が本当は何をしたいのか。どんな経営をしたいのか立ち返り、出てくる行動ですね。例えば小さなころからメロンパンが好きで、日本一美味しいメロンパンの作りたいという思いで経営する経営者は、間違いなく成功するでしょうね。動機が純粋で、皆を喜ばしたいという思いがあるからです」
「でも現実の支払いや資金繰り、ライバルとの関係、過去の経験や劣等感などで夢を失う人はたくさんいます。動機の純粋さを失われていくのですね。例えば、陶芸が好きで陶芸家になったけれど、賞を取って売れることで『陶芸は儲かる』と言い始めた作家は絶対売れませんよね。金持ちになりたいという画家の絵を買いたくないのと同じです。『とにかく富士山が描きたくて一生かけて描きました』という絵を私たちは買いたいですよね。そうした動機の純粋性がお客さまに喜んでいただくために大切だと思います。大金持ちになるのもいいけども、山桜みたいに人から見られなくても生き生きと咲いた人生の方がいいのではないですか」
「動機の純粋性を見つめ直すために、コーチングはいいでしょうね。本当は何のために生まれてきたのか、この会社で何がしたいのかということに気づいてもらう。経営者は内発的動機が大切だと思います。外側から動機を持ってくるのではなく、自分の内側から湧いてきた方が絶対いいはずです」
たった一つでいい「誰にも負けないもの」を
ーー個性を伸ばすことを重視しています。意識的にしていることはなんですか。
「苦手を直すのでなく、得意を伸ばすことが大切だと考えています。真の育成とは、平均点にしたり平均点を上げたりすることではなく、たった一つでもいいので、誰にも負けないものを持たせることだと思うんです。例えば5点満点中、ほとんどが3点で、1つ4点があり、1つ2点の人がいるとしましょう。普通だったら2点を3点にしようとする。そうではなく、4点を5点にしたほうがその人の輝きは絶対に高まります。誰にも負けないものがあることで自信がつくからです」
「野球でこんな例えがあります。外角の球をよく打てる選手に指導するとき、ダメなコーチは内角が下手だから内角を打つ練習をしろというんです。そうしたらその選手は外角も打てなくなります。良いコーチはとにかく外角を打て、とにかく徹底してやれと指導するのです。そうすると外角の範囲が広くなり、内角も打てるようになる。人間はそのようなものです。短所を治すよりも、長所を徹底的に伸ばした方がいい。人生で成功するコツです」
「ラーメン作りのプロは、ラーメン以外には何もできなくても億万長者になれる人もいるわけです。左官でも中途半端でなく、最高にうまい左官は売れっ子です。長所を伸ばしてあげることも愛情です。褒めることも大切です。社員に対しても、よかったところを認めて褒めてあげる。『売り上げは良くなかったけど、プロセスはよかったよ』といってあげる。いい成績だけの時に褒めて、ダメな時にはそうしないということであれば、条件付きの愛になってしまいます。経営者にとって一番身近な存在の社員を愛することが大切です」
目の前のひとりをフォロワーに
ーー共感されるリーダーにはどうすればなれますか。
「リーダーシップの第一の条件は、フォロワーを持てるかどうかです。「共感者」とか「応援者」と言ってもいいでしょう。フォロワーをどう持つかと言えば、目の前の一人一人をフォロワーにしていくしかありません。致知出版社の藤尾秀昭社長に、以前ある講演会の控室でお会いしたことがあります。藤尾社長に『一つだけ質問させてください。経営にとって一番大事なことなんですか』と聞いたんです。そうしたら、『ナンバー1とナンバー2の息がピッタリ合ってるって事』というのです。どういうことでしょうかと聞くと藤尾社長は『リーダーが『赤』と言ったら、ナンバー2は『真っ赤』というから組織が赤になるんですよ』って。藤尾社長は続けて『真っ赤って言った人を教えましょうか。ホンダの藤沢武夫さん、松下幸之助の高橋荒太郎さん、ソニーの盛田昭夫さん…..』といくつもの例を言うのです」
「それを聞いてビビっときました。一人に伝わらないものは組織に浸透しないのだと。まずは、自分の右腕となる人と一回でも多く、10分でも長く語りあうことが大切なんですよ。その人が、次の人に伝え、その人がまた次に伝えてということになる。本当に理解してくれる人を、一人一人増やすということが近道になります。社長がこんなことを言っていたぞというと、その次の人にも伝わる。同じ気持ちをもつ人が隣にいるということが、理念が浸透している状態なのではないでしょうか」
<コーチの目> 血の通った理念が会社の気風を変える
久保社長の「敬愛」に込めた思いの強さと固さが印象に刻まれたインタビューでした。理念の元をたどると、37歳の時の経営危機がありました。久保社長後自身が、骨身に染みて社員を愛する大切さを知ったからこそ出てきた言葉だということが話の節々から伝わってきました。
今回のインタビューを通じて、社員に伝わる理念を考えるとき、社長自身の実体験に基づいた言葉が大切なのだと思いました。いくら格好いい理念を作ったところで、血の通った言葉でなければ実践できないでしょう。社員もお客も惹きつけるバグジーの独特のカルチャーは、生きた理念だからこそ生まれるのだと思いました。
アメリカの詩人、ホイットマンに次の詩があります。
「寒さにふるえた者ほど、太陽を暖かく感じる。人生の悩みをくぐった者ほど、生命の尊さを知る」
バグジーの経営が危機によって大きく変わったように、会社を立て直そうとする経営者が理念を見直すとき、「寒さにふるえた」経験と紐づけていくことが大切になりそうです。その経験を振り返る中で出てきた血の通った言葉こそ、人の心を打ち、会社の気風を変える理念になるのでしょう。(聞き手は安倍大資)