【大学院生活100日】37歳起業家、京都の芸大に飛び込んでどうなった?

大学院

京都芸術大学大学院に入学して7月11日で100日になりました。芸術修士(MFA:Master of Fine Arts)課程の学際デザイン研究領域3期生として研究生活を送っています。

芸術大学には縁を感じてこなかった自分が、ひょんなことで芸大生になって4ヶ月目。友人から「なに研究しているの」「どんな生活なの」と聞かれます。「MFAでデザイン思考を研究している」というとなんとなくカッコいいですが、実際は何をしているのでしょうか。

大学院で学び直すことに興味のある社会人の方もいらっしゃると思います。この大学院に関心をお持ちの方もいるかもしれません。この記事では、37歳新聞記者出身の起業家兼コーチが、芸大に飛び込み100日過ごしてどうなったかをお伝えしたいと思います。

きっかけはキャンピングカー生活

独立1年目はキャンピングカー生活に明け暮れました

1年前、自分が大学院生活を送っているとは頭の片隅にもありませんでした。頭の中は当時、キャンピングカー生活でいっぱいでした。

私はそれまで東京で12年の新聞記者生活をしていました。在職中に偶然コーチングに出会い、その対話のふしぎにひかれてコーチとして独立しました。新型コロナをきっかけにコーチングはオンラインに移行し、場所を問わず仕事ができるようになったことも後押ししました。「旅をしながら仕事をしよう」と思い立ち、退職と同時に買ったのが軽トラキャンピングカーです。

2021年7月に地元の福岡を出発し、9ヶ月かけて北海道から鹿児島まで46都道府県を旅しました。水平線から昇る朝陽を追いかけ、日中はキャンピングカー内でオンラインセッションをし、各地で友人に会い、日が沈めば眠る生活を重ねました。この心引かれるままの旅が、大学院につながるとは思ってもみませんでした。

きっかけは古巣の日経新聞のラジオ番組に出演したことです。「ヤング日経」という20代向けの旅番組のコーナーで「旅と仕事を両立する新生活」というテーマでお話しさせていただきました。翌日、その番組を聞いていた方がインタビューを申し込んでくださいました。

その方がこの大学院で「ライフシフト」について研究している方でした。芸大でそんなテーマを研究するのかと興味をひかれて聞いてみると、オンライン課程なのだそうです。「旅をしながら大学院生活ができる。おもしろそう」という直感で、チャレンジしようと思い立ちました。

大学院入試は研究計画書が肝です。研究テーマを考えていたところ、旅の途中に何度かアウトドアでコーチングをしたことを思い出しました。同じコーチングでも、オンライン上と自然環境では対話の質が大きく異なるように感じました。「自然環境が対話に与える影響」を研究テーマとし、出願書類をまとめました。

合否発表は3月9日午前10時でした。オンラインのページで自分の番号が目に飛び込んできた瞬間、番号をメモしていたノートを宙に放り投げ、値千金のゴールを決めたサッカー選手のようにガッツポーズ付きの雄叫びをあげたときから私の大学院生活が始まりました。

「パルテノン神殿」のような京都芸術大学

入学式の4月3日、京都芸術大学の正門に初めて立った時、まるでパルテノン神殿のようだと思いました。鳥が両翼を広げたような形をした屋根を白く太い石柱6本が支え、学びの探究者を迎え入れる雰囲気を醸し出しています。キャンパスに足を踏み入れると、彫刻や絵画、オブジェなど芸術作品が点在し、新緑の緑が作品群に輝きを添えています。「美しい大学だな」というのが私の第一印象です。

入学式には他の専攻の方も含めて数百人が集まり、先生方の祝辞の後、和太鼓の演奏で歓迎をいただきました。会場の空気が小気味よく揺れる音の響きに包まれながら、改めて私がこの場にいることのふしぎを思いました。

大学時代、私は熱望していた学部に落ち、心不安定で屈折した5年間を過ごしました。卒業して13年、もう一度学生としてチャレンジできる喜びと、過去のいろいろな思いが太鼓の鼓動とともに渾然一体となり、涙がこぼれました。

入学ガイダンスの衝撃。「これが芸大か!」

入学式の後は、研究ガイダンスの時間です。領域長である早川克美先生が目の前に現れました。

初めて会った芸大の先生に目を奪われました

現れた早川先生は、「教授」というより「アーティスト」でした。白妙の衣装に身を包み、たなびく髪はシャンパンゴールドに輝いています。その姿と雰囲気から地元福岡出身のスーパースター・椎名林檎を思い浮かべました。「これが芸大の先生か!」と先制パンチが飛んできた思いです。

驚きは続きます。ガイダンスで、早川先生はまず「大学院生活で大事にして欲しいこと」について話し始めました。

「この大学院では、役に立つとかキャリアアップとか、そうしたことは脇に置いて置いてほしい。大事なのは、心のパンツを脱ぐことです」。

思わず、メモをとるノートの手が止まりました。

先生はなお続けます。「ここでは素の自分をさらけ出した人ほど学べるでしょう。大学院は実践の場。どんどん失敗してほしい。やんちゃ、ウェルカムです」。

飛び出す言葉の数々に、しびれました。早川先生の話は、格式張ったガイダンスではなく、激励のメッセージとして響きました。芸術大学の最大のミッションは「創造」です。新しい価値を生み出す上で大切なことは、世の中の「当たり前」を一旦洗い落とし、まっさらですっぱだかな感性に戻ることなのでしょう。先生の話を聞きながら、心深くで「既存の枠を超えていこう」という思いが湧き立ちました。

国や業種を超えて集まったMFA3期生56人

多彩な同期が集まりました

私たち3期生は56人です。20代から60代までが集まりました。北海道から九州までいるのはもちろんのこと、ヨーロッパや北米に住んでいる方もいます。

職業も多様です。ベンチャー経営者、大手IT会社員、士業、広告代理店勤務、データアナリストといったビジネス系の人もいれば、大学教授や学校教員といった教育関係の人もいます。地方行政に携わる公務員や議員経験者もいれば、医師や歯科技工士、介護職員といった医療系の人もいます。

建築家や大手メーカーのデザイナーといったデザインを本業としている方もいれば、モデル、ダンサーといったアーティスト活動をしている方もいます。主婦業で子育てしながらチャレンジしてる方もいます。私もまだ把握しきれないほどの、多彩な顔ぶれが揃いました。

「みな違う」ことが、この大学院の最大の魅力と言えるかもしれません。ひとつ共通点があるとすれば「自分自身や社会をよりよく変えていきたい」という思いでしょう。国や業種を超えて集まった仲間たちと、普段の肩書きは脇に置いて学び合うことでどんなものが生まれるのか、誰も予想がつきません。

多国籍シェアハウスに引っ越し

シェアハウスは半数以上が海外メンバーです

この大学院はオンライン課程のためインターネットがつながれば場所は問いません。同期には、ドイツやニューヨーク在住の方もいます。私は地元の北九州にしばらくいようかと思っていたのですが、入学式で大学のユニークさに心動かされ、飛び込んでみようと思い立ちました。大学近くでたまたま見つけたシェアハウスに4月11日に引っ越しました。

シェアハウスに引っ越してみると、10人のうち半分以上は海外勢でした。中国、アメリカ、マレーシア、タイ、トルコ、イタリアといったメンバーです。キッチンに立てば多国籍料理が並び、世界を旅しているようです。大学院生活が始まってそうそう、思いもよらずグローバルに広がってました。

「芸術環境」ってなに?3連続会議

4月半ば、研究生活が本格的に始まりました。この大学院では「学び合い」を重視し、院生同士が対話をしながら、各自の研究を深めていきます。大学院の研究というと論文をコツコツ書くものだと思っていましたが、学際デザイン研究領域では「わかちもたれる知」を掲げており、この独自のスタイルが他拠点との大きな違いです。

研究生活そうそう、私たちの前に一つの難題が現れました。「芸術環境とは何か」について考えを述べよという趣旨の課題です。

私たちの専攻は正確に言えば「大学院芸術環境科 芸術環境専攻」です。学生証にもこう明記されていますが、「芸術環境」とは一体なんなのでしょうか。同期と話しても「わかったようでわからないよね」という話がこぼれます。わからないままレポートをまとめることはできないと思い「芸術環境」について徹底的に話し合うことにしました。

5月上旬のゴールデンウイークの間、「芸術環境トーク会」という学び合いの場を3回開きました。「芸術」とは何か。「環境」が意味するところはなんなのか。それぞれが思うところを述べ合いました。

「人が生き生きする環境」「人と人とをつなぐもの」「日常の中で生まれるもの」「感覚を研ぎ澄ますもの」といった多くの見方が出ました。何かを理解するためには書籍を読みながら一人で考えることも大切ですが、やはり対話を通じて意見を交わし合うことで新しい視点が生まれます。

みなの意見を聞きながら、芸術とは「人が生き生きできる場を作ること」なのではという理解が芽生えました。芸術表現は古今東西あらゆるジャンルがあります。その本質は「人の心を動かし、目覚めさせるもの」ではないかという思いが湧いてきました。

デッサンで知った「影の大切さ」

人の心を動かす力を身につけていきたいと思い、通い始めたのがデッサン教室です。京都芸術大学では毎週水曜日に「放課後デッサン教室」が開かれ、専攻を問わず学生が集まってきます。

デッサン教室には画用紙に鉛筆を走らせる音だけが聞こえます

私は絵を見るのは学部時代から好きでしたが、描くのは小学校の楽しいお絵かきレベルです。デッサン教室に入るだけで、なんだか場違いなところに来たように思いました。

デッサンの教授に「何から書くといいですか」と聞いたところ、白い球体を差し出されました。そして画用紙と鉛筆を手渡され「明るいところと暗いところをよくみながら描いてみてください」と言われました。

白い画用紙に向き合うと、それだけで背筋が伸びました。その日、2時間ただ球体だけを描きました。2時間、一つのものをみる経験は、これまでありませんでした。球体だけを見ていると、初めはただの白い球にしか見えなかったのが、段々と光のあたり具合によって明るいところと暗いところがあることに気づきます。次第に、暗さにも、濃淡があることが見えてきます。見えるものが深くなることに、おもしろみを感じました。

その後も毎週水曜日に通うようになりました。デッサンをしているうちに気づいたことがあります。デッサンで書き込んでいるのは「影」です。影を描くからこそ、明るいところがわかるのだと気づきました。先生も「怖がらないで、もっと書き込むことが大事です」と強調されます。

影があるからこそ、光がわかる」。この気づきは、私にとってとても印象的でした。私は今コーチとして仕事をしています。コーチとは「チェンジエージェント」とも呼ばれるように、変化に付き添う人でもあります。コーチとして多くの人が変わる姿を見てきましたが、変わる人に共通するのは、自分の影を直視していることです。自分の内側に潜む闇や影を知っているからこそ、本当に明るい方向がわかるのではないでしょうか。デッサンとコーチング、この2つの意外な共通点に、芸術の奥深さを感じました。

コロナ感染でもはかどるワーク

大学院生活に少しずつ慣れてきた5月半ば、アクシデントが起こりました。ある朝、目が覚めると、喉の調子がおかしく感じました。イガイガした痛みを感じました。2日後には喉の痛みに加えて体のだるさと熱も出てきました。明らかに体が異常を起こしていることに気づきました

療養中は3食をありがたくいただきました

もしやと思い、コロナの抗体検査キットで調べてみると陽性反応でした。保健所に連絡をすると「まずは自宅待機」を命じられました。しかし喉の痛みはさらに強まり、翌朝には唾すら飲み込むのすら激痛が走りました。声もほとんど出なくなりました。

水分がまったく取れないことに、初めて命の恐怖を感じました。かすれる声で保健所に問い合わせ、病院で点滴を受けさせてもらい、翌日からのホテル隔離が決まりました。

この頃、大学院の1回目のレポート集中期間でした。タクシーで療養所に向かうとき、レポートが出せるのか不安になりました。

しかし結果的に、この1週間のホテル生活が幸運でした。体調は少しずつ回復し、喉の調子も日に日に良くなっていきました。

レポート作成に関する動画はインターネットで視聴することができ、提出ももちろんオンラインです。療養中はありがたいことに、栄養に配慮した3食のお弁当が決まった時間に出ます。食事の心配をすることなく、研究に専念することができました。ホテルを退所する時、医療関係者の方々への感謝の思いと共に、コロナで隔離されても研究を進められるこの大学院のありがたい環境に手を合わせました。

大学院の学びが仕事にも好展開

大学院での学びが進むにつれ、仕事に新しい展開が生まれ始めました。普段のコーチの仕事では、主に1対1のコーチングセッションをしています。しかし、コーチングの対話は「1対1」に限らず、「一対他」のファシリテーションにも活かせるのではと思うようになったのです。

きっかけは大学院の特別講義で、東京大学の安斎勇樹先生の話を聞いたことです。安斎先生はファシリテーションの研究者として「問いかけの作法」や「問いのデザイン」といった著書を出している対話研究の第一人者です。

大学院の学びが仕事にも好展開を生んでいます

安斎先生は講義の中で「ファシリテーションとは、人の魅力や才能を引き出して、ポテンシャルを最大限に発揮するもの」と語りました。この話に、私はとても興味を惹かれました。コーチングとファシリテーションは、目的とすることは同じだと思ったからです。

私は私は記者時代を含めれば13年間対話の仕事をしていますが、1対多の対話には苦手意識がありました。しかし、本質的な目的が同じなのなら、自分にももしかしたらできるかもしれないと思うようになりました。

そこで、仕事のチームメンバーに相談し「理念の言語化」をテーマとしたセミナーを開いてみることにしました。公開でのセミナーは初めてです。元クライアントをお呼びして、3人でテーマに沿って話をしました。10人ほどの方が参加してくださいました。自分にとってチャレンジングなことでしたが、大学院での学びと気づきが新しい試みを後押ししてくれました。

ビジョンをスケッチして見てきたもの

この100日間、大学院の課題のひとつに「作りたい世界を表現する」というワークがありました。自分の価値観を明確にして、ビジョンを視覚化するワークです。

この大学院では一人ひとりが「新しい価値を生み出す」ことが求められています。価値を生み出すためには自分自身が本当に作りたいものはなんなのか、はっきりさせることが欠かせないという理由から、大学院のはじめの課題として位置付けられているようです。

「作りたい世界」をスケッチで描いていきます

さまざまなワークに取り組む中で見えてきた私のキーワードは「人と自然の調和」「人の温かな想い」「光と影」「見通しの良さ」「穏やかな空気感」の5つでした。それらを表すものを、スケッチしました。

最初のスケッチで描いたのは、自然に囲まれたキャンプ場です。対話をしたり、表現活動をしたり、一人静かに過ごしたり、アウトドア活動をしたりする自然の場です。

私は北九州の山の麓にある小中学校で過ごしました。大学以降も山歩きやキャンプ活動をする機会が多くありました。自然を身近に感じながら過ごしたことが、こうしたイメージに表れているのだと思います。自然環境とコーチングを合わせた対話の場を作っていきたいという思いが、ワークを進めるにつれ明確になっていきました。

新しいキャンプをデザインする

大学院生活はたった2年間です。さっそく「作りたい世界」にチャレンジしてみようと思い立ちました。アウトドア好きのコーチ仲間に呼びかけて、5月に京都の笠置キャンプ場で、7月に琵琶湖岸の青柳浜キャンプ場でそれぞれ1泊2日のキャンプを開きました。

仲間たちと新しいキャンプ作りを始めました

コーチングとキャンプ、一見まったく異なるもののようにも思えます。しかし、どちらともに「対話」と「内省」の営みであることに気づきました。それに加えて「表現」の活動であることにも気づきました。

オンラインとの対話の違いで気づいたことは「沈黙が豊か」であることです。オンライン上では会話がすこし途切れると「ネット回線が不安定になったかな」 といった心配で、話がふと上の空になってしまうことがあります。しかし、自然環境の中では沈黙のときに、木々を揺らす風の音、川のせせらぎの響きなど自然の音が流れます。

そうした自然の響きに身を置いていると、街中のカフェとの対話ともまた異なり、人の内面が自然に出てきやすい場が生み出されるように感じました。

会社員時代、私は仕事に悩みがちで「このままでいいのだろうか」「この仕事は本当に向いているのだろうか」といつもぐるぐる悩んでいました。コーチとして独立を決め、退職する前に同僚や取材先と話をしていると、同じように悩んでいる人が少なくないことに気づきました。

とりわけ、今の時代、仕事や人生の選択肢がとても増えてきています。選択肢が増えている分、悩む人も増えているようです。そうした方たちに、自分の内面を見つめ、対話で気づきを得て、新しい自分をデザインする場を届けていきたいというのが私の願いです。「新しいキャンプをデザインする」。2年間かけてやっていきたいことが見えてきました。

社会をあかるくするのは私たち一人ひとり

この100日間、これまで過ごしたことのない日々でした。多彩な仲間に揉まれながら、自分自身や社会のことについて考える時間でもありました。

現代は「正解がない時代」と言われます。日本で教育をうけた私たちは、つい「模範解答はなにか」「正しい答えどこにあるのか」を探しがちです。しかし、大学院で学ぶにつれて、正解がない時代を生きてくためには、自分自身が自分の人生に納得する意味を見出せるかどうかがとても重要なのではないかと思うようになりました。

MFAについての言及も多い著作家の山口周さんは、これからの時代に求められる力について「正解を出す能力ではなく、意味を創出する能力」と言います。世の中に新しい意味を与えていく力こそ、これからの時代を動かしていくものではないでしょうか。

「新しい意味を生み出すこと」は同時に、何かを手放すことだと思います。こだわっていたものを手放すことで、新しい未来がひらけてくるのだと思います。そうした一人ひとりの意識と行動の変化が、社会を少しずつあかるくしてくのではないでしょうか。政治や行政、大企業に頼らなくても、私たち一人ひとりに時代を動かしていく力があると私は思っています。

この大学院生活2年間は、人生最大の成長期になりそうです。どんなことにも一緒にチャレンジできる仲間がいるからです。この最高の環境をめいっぱい活かし、新しい価値を生み出すチャレンジを続けていきます。

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