コーチングとはどんな仕事?〜新聞記者からコーチに転身した私の体験談

コーチング

コーチングとは、どのようなものなのでしょうか。初めて耳にする方には、なかなかイメージしにくいものではないかと思います。私も2年前に「コーチングって知ってますか」と聞かれた時、スポーツの「コーチ」くらいしか思い浮かびませんでした。

日本でコーチングが広がり始めたのは2000年代に入ってからです。私たちの多くにとってコーチングはまだ新しく馴染みのない営みです。この記事では、コーチングがどのようなものか要点をご紹介するとともに、新聞記者からコーチに転身した私なりの「コーチング観」についてもお伝えしたいと思います。

コーチングとおしゃべりの違いは?

コーチングという横文字を、一言で簡潔にいうなら「対話」が当てはまると思います。人と人とが一対一で話をすること。言ってみればそれに尽きるといっていいくらい、とてもありふれたシンプルなものです。人と話し、相手の話を聞く。わたしたちが日常でやっていることと、基本は変わりません。

人同士が話すことを言い表す言葉は、たくさんあります。「おしゃべり」「会話」「議論」「指導」「説得」「雑談」などニュアンスの異なる言い方があります。対話もその一つです。では、コーチングという対話は、他のものとどう違うのでしょうか。

コーチングの対話の特徴は、あることを志向しているところにあります。それは「変化」です。例えばおしゃべりは「気晴らし」ということがひとつ大事なことであり、会話は「情報交換」をめざすものでしょう。議論は「結論を見出すこと」など、それぞれの営みによって違いがあります。コーチングがめざしているのは「変わること」です。人と人とが「変化をめざして対話すること」、これがコーチングの土台にある考え方といえるでしょう。

コーチって何をする人?

変化をめざして対話をする上で、コーチングには「聴き手」と「話し手」という役割があります。聴き手をコーチ、話し手をクライアントとも言います。コーチングがめざすのはこのクライアントと呼ばれる話し手の変化です。

聴き手のコーチは、話し手のクライアントが選んだひとつのテーマについて、問いを投げかけます。その問いに対して、クライアントはいま考えていることや頭に浮かんだことを語ります。コーチはその話を聴き、さらなる質問やコーチ自身が感じたことを投げかけます。そしてクライアントがまた答えます。ひとつのテーマについて問いと答えを重ね合うふたりのキャッチボールのようなイメージです。やりとりされるのは、言葉だけでなく感情であったり表情であったり気配であったりします。またコーチは単に聴くだけでなくコーチ自身が感じていることも伝えます。コーチングとは「気持ちを交えた対話のダンス」とも表現できるでしょう。

私たちコーチは聴き手として「好奇心をもって関わること」を大切にしています。その好奇心の基盤となっているのは「人は自ら変わりうる力がある」と信じていることです。コーチはコンサルタントのように、何か知識やスキルなどのアドバイスをする人ではありません。スポーツのコーチはオリンピックのメダリストなど抜群の実績をもつ特別な人がなるものだと思いますが、私たちコーチはそうしたスペシャルな人間でもありません。

際立ったアドバイスもできず、抜群の実績も持ち合わせていない私たちコーチですが、ただひとつ、スペシャルな素養があるとすれば「人は変われると信じ、関わり続けられる」その一点だと思います。

コーチは一般的に「伴走者」と訳されることが多いです。どんな伴走者なのでしょうか。私は、変わりたいと切実に願う人の中に光を見出して、その光のほうへ一緒に進んでいく伴走者をイメージしています。光に向かって伴走するためには、自らが光を信じて歩いた経験があってこそだと思います。私はコーチという職業は、他者から表彰された経験が大事なのではなく、自らの光を信じ歩いたことによって、自らを変えてきた人にこそ務まる仕事なのだと考えています。

対話することでなぜ変わるのか?

対話することで、なぜ人は変わるのでしょうか。コーチという仕事に出会って2年間、私がずっとふしぎに感じてきたことでした。コーチとして実践を重ね、私自身もクライアントとして体験を積む中で考えていることは「言葉にするから」ということです。どんな言葉かといえば「自分の内側から出てきた言葉」なのだと考えています。

その言葉とは、試験勉強の暗記科目で覚えてきたばかりのような、自分自身もその意味がよくわかっていない単語やフレーズを指しているのではありません。自己啓発の本で読んだかっこいいセリフをあたかも自分で考えたかのように言うことでもありません。

そうではなく、人を変える言葉とは、自分の深いところから湧き上がってくるものなのだと思います。その言葉こそ、その人を変える最初の一雫になるのだと感じます。一雫は小さなものですが、一雫が重なり合えば手のひらに集まるくらいの水になり、その水は手からこぼれるとともに川をつくり始め、そして海すら形づくります。新しい海をつくるのは、最初の一雫です。その一雫を「気づき」とも言います。自分の深いところにある想いに気づきそれを言葉にすることで、自分自身に立ち返り、そして変化が始まってくのだと思います。

その気づきの一雫を見つけることは、自分一人でもできることかもしれません。しかし実際には一人で見つけ切ることは簡単なことではないと思います。そんなとき、コーチの問いかけが力になれるかもしれません。コーチのひとつひとつの問いは、変化のきっかけを呼び覚ますものであってほしいと願っています。

「コーチング観」は人それぞれ

現在、日本には多くのコーチングスクールがあります。ビジネスに特化したもの、ライフスタイルに焦点を当てたもの、人間関係に注力したものなどスクールごとに特色があります。それらのホームページを見てみると、それぞれが「コーチングとは」という説明を載せています。少しずつ異なりますが、おおむね共通しているのは「変化、自発的行動、気づき、コミュニケーション」といった言葉です。これらを合わせると、コーチングとは「コーチとクライアントのコミュニケーションによって、気づきと行動を生み出し、人生をよりよく変えていくこと」という言い方もできるかもしれません。

コーチはこの土台の上で活動していますが、コーチのテーマは一人ひとり異なり、多様です。ビジネスの成果を上げることを第一に置いているコーチ、親子関係を改善することを重視しているコーチ、恋愛やパートナーとの関係をより良くするためのコーチ、自己肯定感を高めることを大切にしているコーチなど、それぞれのテーマで活動しています。もちろん、分野関係なく「変わりたい人を応援するコーチ」といった方もいます。

コーチングが日本に広がり始めて10年ほどがたち、コーチング界はいわば、一人ひとりのコーチが独自のテーマをもって活動する百家争鳴の時代ともいえるかもしれません。その活動自体に正解不正解はなく、あるのは「この人のコーチングを受けて本当によかった」と思ってもらえるクライアントの評価だけです。そこには、コーチという仕事が他者からの評価によってのみ存在しうる厳しさもあるのだと思います。

私のコーチング観

私は昨年3月、新聞記者からコーチに転身しました。独立してこの1年、コーチとして実践的なトレーニングを積みながら、クライアントの方と向きあう日々を過ごしてきました。プロコーチとしての一つの基準である100時間以上のセッションを重ねられたのは、出会ってくださったクライアントの方のおかげです。

コーチとして1年間対話を重ねる中で、私なりのコーチング観が少しずつ形作られてきてきました。私のコーチング観は「目覚めの対話」です。対話を通じて本当の自分に目覚めてほしい。私が心から願っていることです。

コーチとして活動する中で嬉しい瞬間は、クライアントが自分自身が心の奥にしまい込んでいた本当の想いに気づく場面です。そしてその想いから、現実の行動を変えていく一歩が生まれた時です。

守秘義務があるために詳しくは書けませんが、進路に悩んでいたある方は、これまでのキャリア構想を見直し自分の想いに従った職業を選び直しました。家族関係に悩んでいたある方は、相手を尊重しながらも自分も大事にする視点を見つけて動き出しました。仕事を続けるか悩んでいたある方は、その仕事の意義を見直し新しいやりがいを見出して取り組み始めています。

私自身に何か特別な力があったわけではありません。力があったのはクライアント自身です。元々ある力を対話をきっかけにもう一度呼び覚まし、そして現実を変えていきました。「人にはだれもが変わる力がある」。このことを、クライアントの方々から教えていただいた1年だったと感じています。

コーチングのセッション中、クライアントの方はよく「なんだか、わかってきた」「そうか、そういうことか」「話すまで気づかなかった」と言ったことをつぶやきます。この言葉が出てくる時のクライアントは、共通して眠りから覚めたような表情をしています。つきまとっていたものが取り払われ、新たな時が始まるような清々しい顔をしています。そんな表情を見ながら、私はコーチとは「人を目覚めさせる仕事なのだな」と思うようになりました。

「目覚め」を必要としている人は

目覚めを求めている人は、どのような人なのでしょうか。「自分に目覚める」というと、20代くらいの若い方をイメージしがちかもしれません。もちろんそれはあるでしょう。若い年齢の時に自分のやりたいことに一心不乱になる姿。それは、目覚めているひとつの姿なのだと思います。

2021年の最も売れた本の1つは「やりたいことの見つけ方」(八木仁平著)という本でした。やりたいことを本気で見つけたいと願う若い方がとても多いことのあらわれなのだと思います。

私は、この本の1000件以上のレビューを見ていて気づいたことがありました。この本を手にしているのは20代だけでなく、30代、40代の方も多くいるということです。決して「やりたいことを見つける」と言うのは、若い方だけの課題ではなく、多くのミドル世代も同じような悩みを抱えているのだと思います。多くの方が「今の仕事でいいのか」という疑問を抱えながら生きているのでしょう。特に新型コロナをきっかけに、この2年ほどで私たちの社会環境は大きく変わりました。立ち止まり、考えることを多くの人が余儀なくされているのだと思います。

「目覚めている人」とはどんな人か

新聞記者時代、多くの方とお話しする機会に恵まれました。大臣から大企業のトップ、腕利きのバーテンダー、街中の八百屋さんまであらゆる人と一対一でお話をお聞きしてきました。その中で、最も印象に刻まれているのは「自分の仕事を、自分の言葉で語れる人」でした。自分の言葉というのは、自分の経験に裏付けされた血肉になっている言葉です。大企業のトップの方であっても、どこかで聞いたことのあるような話が並び、その人自身は本当はどう考えているのかよくわからないこともありました。どんなにカッコよく、流暢に、横文字を並べて、まくし立てても、それが「自分の言葉」でない限り、人の心には響きません。

それとは対照的に、どんなに小さな仕事でも誇りを持って語る人がいました。話しぶりはとつとつとしながらも、一言一言がその人自身の内側で磨かれてきた言葉なのだと感じられ、メモを取るために下を向くのももったいないくらい聴き入ることもありました。私は記者としてそうした方の言葉を届けたいと思い、仕事をしていました。そうした人の言葉を記事にすると、必ず反響がありました。「自分の言葉をもつ人」は伝わる人だということを、記者時代に学びました。

こうした経験から、私は自分の言葉を持っている人が「目覚めた人」だと考えています。もう少し言葉を加えると「自分自身が何者か知ること」「自分の使命を見出すこと」「自分の生きる物語を見出すこと」が真の目覚めに必要なことだと思います。自分の内側から言葉を探し当て、新たに生きる物語を見出す時、それが目覚めの瞬間なのではないでしょうか。

私自身の目覚め

こう述べてきた私自身、長い間「目覚め」とは真逆の世界を生きてきた人間でした。20代の頃から精神的な浮き沈みに悩み、33歳の時に小さなことをきっかけにうつ状態になりました。その後34歳にかけて9ヶ月間、週末はベッドの上で天井をうつろに見上げることしかできませんでした。

「これまでの人生は間違っていた」。ベッドの上で何度何度も私はそう思いつづけました。生きる意味がわからないことへの苦しみは、どんな飢えや渇きよりも激しいものでした。まだ生きていると感じられた高校時代を思い出し、17年ぶりに頭を丸坊主にしたこともあります。それくらい、精神的に錯乱した状態でした。

この時に出会ったのがあるコーチング形式のプログラムでした。主に20代の若い方を対象にしたものでしたが、30代半ばの私はワラをもすがる思いでそれに没頭しました。3ヶ月ほどかけて自分自身の過去を洗いざらい見つめ、自分が何を大事にしていきたいのか、ゼロから見つめ直しました。それは、壊れてバラバラになったレゴブロックを組み立て直すような、自分を再編集するような作業だったと感じています。

この経験が、私にとっては明らかに「目覚め」の時間でした。心を覆い尽くしていた厚い雲が次第に薄くなり、そして光が差し込んでくるような思いがしました。自分を立て直し、12年間の記者生活をまっとうして、昨年4月にコーチング業で独立しました。この1年は、記者時代の取材をきっかけに知ったキャンピングカーで旅をしながら仕事をする「バンライフ」で、半年かけて日本を一周しながら仕事をしてきました。

コーチとして仕事をしていることも、旅をしながら生活することも、東京を離れて九州に移住したことも、2年前の自分では到底考えられませんでした。大きな会社を辞めることに「正しさ」があるのかは、よくわかりません。しかし確実に言えることは、この選択をして本当に良かったと思えることです。そして、36歳の今が一番自分を生きていると毎日実感していることです。

「目覚めの朝陽」を信じるコーチに

私は信じています。一人ひとりに必ず「目覚める力」があるということを。その力は、自分の外からもってくるものではなく、一人ひとりの内側にあるものだと信じています。「このままの生き方でいいのだろうか」と悩んでいる方には、ぜひ自分の内側を見つめていただければと思います。もし、自分一人で考えても、なかなか考えが深まらなかたり、まとまらなかったりしたときには、ぜひ「コーチング」という手段が一つあることを思い出していただければと思っています。

私はコーチングには、人が目覚める力になれると考えています。私が長い闇から抜け出そうとしていた時に、没頭して読んでいた泉谷閑示さんの著書にこんな言葉があります。

「人が本当に救われるということは、その人の中に潜在している力や眠っている知恵が目覚め、動き出してはじめて成されることです。芸術も文学も、そして医療や教育も、人々にその目覚めが引き起こされるような要素を備えたものでなければならない」

泉谷閑示,「普通がいい」という病

目覚めを呼び起こす対話、それがコーチングだと私は思っています。私はどんな人の胸の内にも「目覚めの朝陽」があると信じています。これまで学んできたことや自分の経験をもとに「目覚め」をテーマとしたコーチングプログラムを今春、立ち上げる計画です。多くの方の「目覚め」のきっかけになることを願い、届けていきたいと思います。

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