コーチングは自分を変える「サードプレイス」

コーチング

先日、あるプロコーチの方とお話しした。コーチング経験の豊かな方で1時間半ほどいろいろとお話できた。

その方との話の中で「コーチングというのはいったいなにか」という話題になった。その方がふとつぶやいた「『第三の場所』を作ること」という言葉に興味をひかれた。

素のわたしで語る

「第三の場所」というのは、「サードプレイス」ということだろう。この言葉を私は、スターバックスの戦略として聞いたことがある。自宅でも、職場や学校でもない、居心地の良い空間。おいしいコーヒーを飲みながら心地よい時間を過ごせる場所。自分なりの言い方をすれば、世間の役割から離れ、個の自分、素のわたしに戻れる場所だろう思っている。

コーチングがサードプレイスとはどういうことだろう。私自身、コーチングに興味を持って2ヶ月ほど、短い時間のものも含めれば10回くらい受けた。そこでの対話の内容を思い返してみると、少なくとも普段の会社では絶対に話せないことを話している。親や兄弟とも話せないこと。友人との会話ともちょっと違うような話だ。

ほとんどのコーチはほぼ初対面だ。一対一の会話のうち、前提としてあるのは一人がコーチで、もう一人がクライアントという関係と、お互いが信頼できるもの同士ということだけだと思う。思えば、ふしぎな関係だ。

ただコーチングの時間、例えば30分、人生観などかなり自分の心をあらわにする。何を大事にして生きているのか、またどんな未来を作りたいか、その未来が叶った時にどのような気持ちがするか、といったような個人的な深い思いをさらす。好き嫌いがあるかもしれないけれど、私自身はそれがとても気持ちを楽にさせてくれたり、普段考えたりもしない思いに気づけたりできるとても豊かな時間だと感じている。

人は自分で作った物語で生きている

人は客観的な事実ではなく、自分が考えている物語の世界で生きている。ちょうど先日読んでいたある本の中で「自己物語」という言葉を知った。自分が自分自身をどう語るかということで、自分がどういう人間なのかを自分で定義付けている面があるそうだ。それが自分を規定し、アイデンティーになるという。

人生の節目には、アイデンティティの大きな危機に見舞われると言われる。それは、言い換えれば自己物語の書き換えが必要になるということである。つまり、それまで機能していた自己物語がもはや現実と自分をつなぐものとしては通用しなくなり、以前とは違う、目の前の現実に適用可能な新たな自己物語の構築が求められるのだ。  

—榎本博明、<本当の自分>のつくり方

私はこの「自己物語」という考えに共感するところがある。自分自身も全く自分のことがわからなくなった時があるからだ。30をすぎた時、あることにつまづいて精神的に崩れた。そしてその半年後にはいったい自分は本当は何が好きで、何を大事にしているのか、さっぱりわからなくなった。ベッドで寝込む日が続いた。

自分自身を一から見つめ直したいと思っていたその時、自己理解プログラムに出会った。これまでの人生を洗いざらいに振り返り、なぜそういう行動をしたのか、どう思ったのかなどといったことを思い返す。思い出したくないこともたくさんあった。だけれど、それをしないことには自分をいつまでもわからないという危機感もあった。

そのプログラムが良かったことのひとつは、自分を誰かに説明する必要があったからだ。定期的にプログラムの進捗をもとに面談がある。自分がなんとなく心でモヤモヤしているところが対話の中でふとひらめくようにひとつの言葉になったり、自分の経験が第三者からの助言をいただくことで新たな意味づけが加わったりした。それは、まさにコーチングだったのだろうと自分では思っている。

そのプログラムは、砕けてバラバラになった自分という人形の断片を、ひとつずつ拾い集めて新たな形に組みわせていくような作業だったように思う。そのプログラムを受け始めて4ヶ月ほど、いま新たな形として出来上がりつつある自分という人形は、砕ける前と見かけは同じでも、中身の組み合わせ方がずいぶん違うものになったと思っている。

変われる場をつくること

その断片を組み合わせる作業を、親や兄弟、または既知の友人としていたらどうだったろうか。きっと「あなたは以前こうだった」とかで、バラバラになった断片は、元の形のままに組み立てられていたのではないだろうか。以前の自分という人形に、限界を感じていたから砕けたのに、同じ形通りに戻ってしまっては元も子もないだろう。

 信頼できる間柄でありながらも、お互いのことはそれほど知らないというもの同士だからこそできる率直な対話があるのだと思う。だからこそ、新たな自分の捉え方ができるのではないだろうか。心地よく適度な距離感のある対話の場「サードプレイス」を提供するのが、コーチの役割なのかもしれない。

1ヶ月半ほど前にお会いしたベテランのプロコーチの方の一言も印象に残っている。その方は「コーチで一番大事なのは、コーチングをするジオグラフィーを作るということ」と話していた。ジオグラフィーというのは場とか、空間とかそういう意味合いだろう。その方が作り出す雰囲気は、オンラインでありながらも、「思いのままに語ってください」というような穏やかなものだった。初対面でありながらも、気づくと私は過去のネガティブな思いも含めて打ち明けていた。

コーチングにはいろいろな役割があるから、一言でそれがどういう営みなのかは言いづらいところがあると思う。ただ、どんなコーチングでも「人が変われる場がある」ということは、共通しているのではないだろうか。

自分を変えられる「サードプレイス」をつくること。いつか私もそんな場を届けられるコーチになれればいいと思っている。

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