【コーチってどんな人】 心の声 呼び覚ます立会人

コーチング

コーチングを本格的に学ぼうと、CTI(Coaching Training Instituiton)の基礎コースを受講しました。8月13〜16日の4日間、オンラインであわせて27人の方々と、コーチングの基礎について学びながら実践トレーニングに励みました。

この4日間を通じ、私は「聴く」という当たり前に思えることが、実は人を大きく変える底知れない力をもつ営みなのではないかと感じました。人の心の奥底を揺るがし、一人ひとりがもつ本来の力を呼び覚ますことが聴くことによってできるのではないかという思いを持ち始めています。

第一印象は「ふしぎな対話」

私はこれまで記者として「聞く」仕事を10年以上やってきました。この聞くとは平たく言えば「相手に質問する」ということです。知りたいことを相手に問うこと、考えたことをぶつけてみることで、相手から情報を引き出すといった感じでしょうか。人との話は「聞く」ことが大事なことなのだろうと思いながら仕事をしてきました。

4ヶ月ほど前、私はある方から「コーチングって知ってますか」と聞かれました。全然知りませんでした。中学まで野球をやっていたので、スポーツの練習で指導するコーチのイメージが湧いた程度です。ただ気になったので、その数日後にネットで調べてみました。

コーチングのやりとりを動画で初めて見たとき、私は大きな衝撃を受けました。一対一で向き合う姿は取材と同じなのに、問いかけが全く記者と違っていたからです。

コーチはクライアントにまず「きょうはどんなこと、話していきましょうか」と聞きました。私は耳を疑いました。記者ではそんな質問をすれば「何も聞きたいことがないなら帰れ」と追い払われるからです。さらにやりとりを聴いていると、話の途中でコーチは「いま、口調がちょっと変わりましたね。なにが起こっているんですか」と言います。これにも驚きました。取材ではこんな質問はまずしません。相手から逆に「え、どうしちゃったんですか」と怪訝な顔で聞かれるでしょう。

コーチングをはじめて見た僕の第一印象は「ふしぎな対話」というものです。ただ、直感的に感じたのは「聞くこと」にはできなくて「聴くこと」にこそできることがありそうだということです。そして、自分が本当にしたい人とのやりとりは、実はこの「聴くこと」を大事にしたものなのではないかと思いました。それ以来、コーチに興味を持ち、CTIでの受講を決めて2ヶ月あまり、ようやくこの「ふしぎな対話」を学べる場にのぞみました。

ふしぎな対話のカギは「聴く」こと

この4日間の実践トレーニングでこの「ふしぎな対話」を成り立たせているものが、やはり「聴く」ことにあることを知りました。そしてこの「ひとを聴く」ということが、想像以上に豊かで奥ゆきがあり、生身の人と人とが作り出すかけがえなのない営みになりうるという実感を持ちました。

聴くことには、3段階の深さがあるという考えを学びました。1段階は相手と対話していても、意識は自分に向いている状態です。人の話をどう解釈すべきかとか、次はどう言おうとかいうことを頭で考えている状態です。相手ではなく自分に関心が向いていることから「内的傾聴」と名付けられていました。2段階は意識を相手にまっすぐ向けること。表情を含めて相手に関心を集める状態で、これを「集中的傾聴」と呼んでいました。レベル3では相手の周りの雰囲気も含めて感じ取る状態です。対話のダンスをともに楽しむようなイメージで「全方位的傾聴」というそうです。

私はこの聴くレベルの話に、とても考えさせられました。ふだん私は、どれだけ本当に聴くことができているのだろうと。仕事だけでなく友人との会話でも私は聞けていたとしても、あまり聴けてはいなかったのではないかと心もとなくなりました。

記者の仕事であれば、レベル1でもやっていけると思います。むしろレベル1が推奨されるような気がします。記者会見でも事前に情報を集めて頭でいろいろと考えた上で、質問することが良しとされることだと思います。「考えないで質問するな」とは時々注意されることです。「ちゃんと勉強しろ」と取材先に叱られることもあります。

しかし、コーチングの対話はそれでは成り立たないことを学びました。自分なりの理解では、コーチングとはふだんその人が考えていることにかき消されている、心の思いに近づいていく対話だと思います。だからこそ、ふだんの頭から出る質問ではなく心から出る問いかけをすることが、その人に響く問いになるのかなと思いました。「直感もまた対話のリソース」というのはふだんいろいろと頭で考えがちな自分にとって、天地がひっくり返るくらいのインパクトがありました。

こころの湖底への案内人

ふしぎなことに聴くことに集中すると、聞きたくなることが自然に出てくるように感じられました。たとえば話している人の表情は刻一刻と変わっていきます。ある話をしている時には表情が曇っていたり、またある話を終えると晴れ晴れした顔になったりします。それの表情の変化をそのまま伝えるだけで、相手にとっては大事な気づきになる時があるようです。コーチングにはいくつかのスキルがあり、これを「反映」と呼ぶそうです。自分はなにかスキルに頼ることはあまり好きではないタイプなのですが、コーチングではこうしたスキルを自在に使えるようになれば、対話の幅が広がり、深さも増すことができると思いました。

印象的な場面がありました。「いま」だけに焦点を当てるコーチングのデモをみたときです。コーチ役の方が、クライアント役の方にとにかく「いまなにを感じているのか」また「いまなにに気づいているのか」を重ねて問うやりとりです。

そのやりとりからは、息をのむような静けさを感じました。クライアントはときに胸に手をやり、一言ずついまの思いを言葉にしています。コーチは、一言ずつこぼれるように出てきた言葉を受け止め、表情の変化など気づいたことを伝えながら重ねて「いまなにが起きていますか」と尋ねています。丁寧に丁寧に、心にかかった薄い膜を剥がしていき、クライアントの気持ちの奥深くに入っていくような情景に映りました。

その10分くらいの「いま」のコーチングが終わった後、クライアントの方は、つかえが取れたような清々しい表情をしていました。私はますますこの深く聴くということが、静かでありながらも人に大きな変化をたらすものだと実感しました。生身の人同士が深く関わりあうというのは、まさにこういうことなんだろうなと感じて震えました。コーチはきっと、クライアントの心の声を呼び覚し、変化の場面に立ち会う人なのだろうと思いました。

茨木のり子さんの詩に「聴く力」というのがあります。私の大好きな詩のひとつです。この場面から、私はこの詩を思い浮かべました。

ひとのこころの湖水 その深浅に 
立ちどまり耳澄ます ということがない

風の音に驚いたり 鳥の声に惚けたり
ひとり耳そばだてる そんなしぐさからも遠ざかるばかり

(中略)

だが どうして言葉たり得よう
他のものを じっと 受けとめる力がなければ

コーチングはまさに「ひとのこころの湖水に耳澄ます」時間だと感じました。そしてコーチは「言葉をじっと受け止める人」でもあると思いました。クライアントのこころの湖底にともに降り立っていく案内人のような、なにか柔らかくて、それでいて意思のある人のようなイメージが湧いてきました。

聴くことは出会うこと

4日間、たくさんの実践トレーニングをしました。コーチ役とトレーニング役、ともにたくさん経験でき、とても楽しかったというのが率直な感想です。コーチングが実のあるものになるかどうかは、自分のあり方自体も大きく影響するようです。あえて普段とは異なる自分になりきってコーチをするというおもしろい演習もしました。

自分は参加した他のメンバーからは、どちらかといえば「しっかりしている」とか「ハキハキしている」といった印象でみられていたようです。ただ、「もっと人懐っこい面をみたい」とか「ちょっといじわるく噛み付いてみてほしい」とリクエストされ「しば犬」というあだ名をもらいました。そこで「しば犬」のような自由に振る舞うイメージでコーチングをすると、ふだん言いためらうことも前置きなく話したり、大胆な要望をしたりしているやりとりに変わりました。それはそれで、なんだかとても自分らしいな、と感じ、こうした弾むようなやりとりもしていきたいなと思いました。

こうした演習を重ね、4日目終わるときには名残惜しい気持ちがしました。私は大勢の人と何かをやることに苦手意識があり、実は2日目まではzoomの画面も話し手だけが出てくる「スピーカービュー」のモードにしていました。ただメンバーのやりとりする中で、もっと一人ひとりを知りたいという思いが出てきて、3日目からは合わせて27人の顔が一つの画面で見られるモードに切り替えました。一人ひとりがどんな人なのかわかってくるにつれ、単に「大勢」としてくくるのではなく、一人ひとりを「親しみのある人」という意識でみられるようになったからなのだろうと思います。

その意識を持てるようになったのは、このコースで徹底された7つのルールがあったからだと思います。「誰ひとり間違っていない」「ここは実験の場」「全員がリーダー」「沈黙もOK」といったものです。それはCTI側の提案だけでなく、受講生側の提案も取り入れて、かつ毎日の演習のはじめに「何か追加のことがあれば加えますがどうですか」という確認がありました。こうしたオープンな場を皆で作ろうという同意があったからこそ、失敗を恐れることなく自己開示していこうという活気ある雰囲気が4日間、緩むことなくパソコンの画面からあふれていたように感じました。

オンラインでも深い感情のやりとりができることも知ったことも、とても驚きでした。それは演習を通じて、一人ひとりが相手を本当に聴こうとしていたからだろうと思います。聴くことは出会うことだと思いました。いま振り返れば、裏方で動いてくださった方含めて27人で作ったオンライン上の真夏の宴だったように感じています

私は「聴く」というこれ以上なく単純とも思えることが、人になにをもたらすのか、ますます知りたくなりました。そして、人が長く心の奥底にしまい込んでいた本当に大切な思いを呼び覚ますとき、静かに立ち会える人になりたいと思いました。そんなコーチになりたいという思いをもたせてくれたプログラムに深く感謝します。

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